「秀山祭九月大歌舞伎」で会見する中村吉右衛門(右)と中村歌六
「秀山祭九月大歌舞伎」で会見する中村吉右衛門(右)と中村歌六

中村吉右衛門(75)が中心となる東京・歌舞伎座「秀山祭九月大歌舞伎」(9月1~25日)で、祖父にあたる3代目中村歌六の百回忌追善狂言として昼の部で「沼津」。夜の部で「松浦の太鼓」が上演される。

3代目歌六は、初代中村吉右衛門、3代目中村時蔵、17代目中村勘三郎の父親で、関西歌舞伎で活躍した名優。そして、芸はもちろん、その子孫の広がりでも希有(けう)な人だった。初代吉右衛門に男子はいなかったが、長女が8代目松本幸四郎(初代白鸚)と結婚し、生まれた子が松本白鸚(9代目幸四郎)と当代の吉右衛門。3代目時蔵には5人の男子があり、下の2人が萬屋錦之介と中村嘉葎雄だった。17代目勘三郎には18代目勘三郎、波乃久里子がいる。

ひ孫以降の世代となると、当代幸四郎に市川染五郎と松たか子、勘九郎に勘太郎・長三郎と七之助、歌六に米吉、時蔵に梅枝・萬太郎、又五郎に歌昇・種之助、錦之助に隼人、そして獅童とそうたる顔触れが並んでいる。

3代目歌六は1920年に亡くなっており、吉右衛門は会ってはいないが、「プロ意識に徹した人だった」と話す。「松浦の太鼓」は3代目のために書き下ろされた作品で、吉右衛門は「(主人公の)松浦鎮信というお殿様は、おっとりしたところもあるけれど、気の短い怒りん坊。そして弱い者の味方をする、義■心(ぎきょうしん)の持ち主でもあります。文献を読んだり、周囲から話を聞く限り、この役は3代目歌六への当て書きだったのではないでしょうか」と推測する。

その性格を表すエピソードも紹介した。「ある俳優さんから『お前の持っている玉簪は偽物だろう』とからかわれた時、その場で玉簪を割って『ほら、本物だろう』と中身を見せたという逸話を聞いたことがあります。松浦鎮信そのもののような方だったのではないか」と話す。

「沼津」で3代目歌六と初代吉右衛門が親子共演しており、吉右衛門も「それを見たかった」と悔しがる。今回は吉右衛門の十兵衛、歌六の平作で、2人の共演は4回目となる。吉右衛門は「息はぴったり合っているので、あとはそれをいかに外すか。役者根性で、相手より優れているところをお見せしたい」。このほか、中村雀右衛門、中村又五郎、中村錦之助らが共演する。「共演の役者さんと同じように、太夫さん、三味線さんも、気心が知れていると、余計な心配をしないで役作りだけに没頭できる。結果、良い方向にいくということではないか」。06年に吉右衛門が始め、毎年の恒例となっている「秀山祭」のチームワークに自信を見せていた。【林尚之】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「舞台雑話」)

※■は人ベンに峡の旧字体のツクリ

3代目中村歌六
3代目中村歌六