コロナ禍でも挑戦を続ける人がいます。先日、歌舞伎役者尾上松也(36)が初主演する映画「すくってごらん」(真壁幸紀監督、3月12日公開)の取材会が大阪市内でありました。昨年は芸能の世界も公演の中止が相次ぎました。自粛生活が続く中、「自分の中での仕事の大切さ、やることがあることの幸せをすごく感じた」。いまは仕事への思いがさらに強くなっているといいます。

昨年4月、政府の緊急事態宣言が出され、日常生活は一変しました。自宅での自粛生活に、松也は「最初はこんな幸せなことがあるのかと思いました」。それまでの日常は、ほぼ毎月、行われる歌舞伎公演、ドラマの撮影もあり、まとまった休みはありませんでした。

「すべてが止まってしまって、何も考えなくてもよくなった。好きな時間に起きて、好きな時間に食べて、好きな海外ドラマを朝までみて、何も考えずに、ただ好きなことだけをする。最初の1週間ぐらいは、天国だと思った」

1週間が過ぎ「これはまずいな…」。自由にできる時間がありすぎて、気持ちが緩んでしまいました。

「この先の不安と、やっぱり仕事をしたいという気持ちがどんどん大きくなった。自分の中で精神的な大きな支えになっていたのは、人と触れ合うこともそうですが、仕事が目標であり、生活の基盤になっていた。その目標がないということが、自分が何をしたらいいのかを完全に見失ってしまうんだなと痛感した」

時間が限られているからこそ、いい仕事もできます。コロナ禍では「気づき」もありました。

「多くの人もそうだと思うけど、僕も自然と海外ドラマをみたり、バラエティーを見たりして日々を過ごしていた。もしエンターテインメントがなかったら、多くの人がもっとダメージを受けていたかもしれない」

その思いに至ったとき、期するものがありました。

「エンターテインメントの必要性がすごく大きいんだなと改めて感じた。自分がやっている仕事に対するやりがい、意味合いを改めて強く感じるようになった。なにかこう、自粛期間中でもできることはないか。自分なりにできることはないかを考えるようになった」

昨年5月から日本俳優協会と伝統歌舞伎保存会の公式ユーチューブチャンネル「歌舞伎ましょう」での動画配信に力を入れています。コロナ禍での新たな挑戦です。初主演となる映画「すくってごらん」も、もう1つの挑戦でした。

「金魚すくいを軸にしたかなりインパクトがある作品だった。漫画をただ単に実写化するだけではなく、監督独自の感覚とセンスを取り入れて、オリジナルのものをつくっていこうとするチャレンジ精神に共感した。ぼくはそういうのが好き。どうなるか分からなかったけど、やってみよう、一緒に形にしてみたいなと思った」

同映画は金魚が特産の奈良県大和郡山市が舞台。東京のエリート銀行員が大和郡山市内の支店に左遷され、住民とのふれあいで元気を取り戻し、金魚すくいにのめり込んでいくストーリー。松也は主人公の銀行員香芝誠を演じます。

撮影を前に、金魚すくいの達人から「極意」を教わりました。円形のプラスチック枠に和紙が貼られた金魚をすくう「ポイ」の扱いでは、「入水角度は45度」「水中では底面と平行に動かす」。達人からは技術面はもちろんですが、人生の「極意」を学んだといいます。

「金魚すくいは取りにいくのではなく『待つこと』。追い掛けたら、絶対にすくえない。破けてしまう。ポイの上に乗っかってくるのを待つこと。ある種、修業のような奥深さを感じた」

待つこととともにあきらめない姿勢も学んだ。

「ポイが破れても動じない。終わりだと思わない。金魚すくいの概念が変わった。破れてもあきらめない。これは映画の主人公・香芝にも通じる。左遷されて敗北者みたいになるけれど、たとえ負け組でもそこであきらめたら終わりだし、たとえそうでもあっても、そこで見つかるもの、得るものがたくさんある。金魚すくいの概念とリンクしている」

新型コロナウイルスの感染が国内で初めて確認されてから1年1カ月が過ぎました。コロナ禍の終息が見通せません。

そんな中でも大事にしている言葉があります。

「継続は力なり」

「コロナ禍で何度も心が折れそうになったけれど、継続しなければ意味がないと思って、やってきた。継続は、待つとは違うかもしれないけど、待つという忍耐と似ているのかな。今すぐに結果を求めていくのではなく、続けていくことで、いつか結果が出る。花開くことがある」

1月に誕生日を迎えたばかりの36歳の「挑戦」は続きます。【松浦隆司】(ニッカンスポーツ・コム/コラム「ナニワのベテラン走る~ミナミヘキタヘ」)