この人の成り切りぶりにはいつも驚かされる。女装の殺人鬼、愛する女性の髪の毛をむさぼり食う男…むちゃ振りとも思える役を全身で受け止め、自分のものにする。俳優・池松壮亮(29)。新作主演映画「宮本から君へ」(27日公開)では究極の熱血営業マンに挑んでいる。その熱量は暑苦しさを通り越し、気持ちいいほどすさまじい。

★熱血営業マン役

原作コミック(新井英樹作)を目にしたのは7年前のことだった。

「究極の正しさを問うていると言いますか、周りを蹴散らしながら、生きることにがむしゃらな宮本(役名)の姿は人ごとじゃありませんでした。このマンガが好きな人はみんなそうかもしれないですけど、これは僕のために書かれたんじゃないか、そう思えるほど感動したんです。本当はそうあらなければならないのに僕はもっとスマートに生きてきてしまったし、自分の中の『正しさ』よりも社会に順応することを選んで、やんわりと生きてきた。宮本に殴られたような。『宮本から池松へ』と、強く生きろと言われた気がしたんです」

映画の中の宮本は自立した女性、靖子(蒼井優)を真っすぐに愛し、ある事件に巻き込まれた靖子の心と尊厳を取り戻すために怪力の巨漢(一ノ瀬ワタル)との勝ち目のない闘いに挑んでいく。

顔をぐしゃぐしゃにされ、前歯を折られたかと思えば、マンション高層階の非常階段で半身を乗り出した決闘シーンもノースタントで撮影した。

「誰かの人生のバイブルになってきたものを映画化させてもらったんですから、歯を3本くらいささげて、それで何とかなるんだったらそれくらいしてもいいかな、という感覚だったんです。22歳の時に原作に接して衝撃を受けて、それから何度も何度も(映画化)行こうか、あぁだめでした延期です、というのを繰り返してここに至るわけで、自分の人生の少なくとも20代はずっと宮本がつきまとってきたわけですから」

映画の後半では宮本の前歯がない。リアルな描写はリアルな抜歯を連想させる。実は本人は歯を抜く決意だったが、原作者の新井氏に本気で止められ、前歯のない特製マウスピースを装着しての撮影となった。

「今の技術は(歯を抜いたように見えて)たいしたものです。マンションのシーンでは、おかげで(撮影後)1週間くらい、落ちる夢を見ましたね。もう1回やれと言われたら嫌ですねえ(笑い)。でも、あの時はやらざるを得なかった。22歳のときに新井さんと真利子(哲也)監督と3人で『宮本-』をやろう! となってからどんどん『宮本-』好きのスタッフが集まってきて、それぞれが理想の宮本像を抱いていて、情念が絡み合い、熱量たるや半端なかったですから」

★人前苦手野球少年

14年のテレビドラマ「MOZU」シリーズ(TBS系、WOWOW)では女装の殺人鬼。同年の映画「愛の渦」では乱交クラブの全裸ラブシーンに挑み、そして18年の映画「君が君で君だ」では愛する人の髪の毛をむさぼり食べた。

「バランスを取りながら仕事をやってきたつもりですけど、振り返ると、確かに(役柄は)偏っていますね(笑い)。やってる最中はこれは挑戦で、挑戦的なことをやってやろうという気はまったくないんです。(役柄に)自分を重ねて、あれっ、おれってこんな人間なんだって感じることが時々あります。突き詰めれば、映画の中だけはせめて人間らしくありたいと思っているんですかね。その結果が脱ぐことなのか、と言われるとよく分からないんですけど(笑い)。俗っぽさ、おぞましさ、愚かさ、逆に崇高さ。人間の持つ幅の広さに興味があるんですね」

10歳の時、劇団四季ミュージカル「ライオン・キング」の子役オーディションを受け、ヤング・シンバ役に選ばれてデビューした。

「当時は野球に夢中で、人前に出るのが苦手でしたが、よくある手で親に『野球カードを買ってあげるから』と釣られてオーディションを受けたんですよ」

ハリウッド大作「ラストサムライ」に出演。トム・クルーズ演じる主人公と心を通わす少年を演じたのは12歳の時で、あっという間に映画の魔力のとりこになった。池松の原点だ。

「どえらい体験をしてしまいましたね。特に映画を見て育ったわけではないし、どれがトム・クルーズかも分からない。最初は別のガイジンを『トム・クルーズ』と呼んでましたから(笑い)。世界を代表するようなキャスト、スタッフ…当時の僕から見ればおじさん、おばさんですけど、いろんな人が渦巻いている。慌てて作業している人もいれば、ダラダラしている人もいるけど、みんな目がギラギラしている。まじめも不良もいっぱいいる。そんな大人の集団見たことなかったし、強烈でした。それを1回味わってしまうと、『おれは野球の方が好きだ』と否定しようと思ってもどうしても引かれてそこに舞い戻ってしまうような。10代の時にあの呪縛をもらったから今があるのだと思います」

子役の頃に「演技は習うものじゃない」と言われた。演じ方を教わった記憶もほとんどない。

「ああしなさい、こうしなさいって言われるのが、きっと本当はあんまり好きじゃないんですね。だから、言われる前にまず自分なりの理屈で全部決めてみるんです。あらゆる角度から考えてみる。で、よーいスタートが掛かった瞬間にすべてを手放すんです。天に任せるんです。相手役によっても天候によっても、あらゆる条件ですべてが変わってきますから。その偶然をつかみにいく感じですかね。じゃあ何も準備をしないのと同じかというと、それは全然違う気がするし」

自分なりに突き詰めた演技は評価され、10代、20代を通じて多くの映画賞に輝いた。それでも達成感はないという。

「自分がどうしようもない敗北人間だと思うことばかりです。失敗しなかった日はない。今日はよく眠れるぜ、なんて日はないですから。それでも前を見ていたいですね。例えば、監督でいえば、黒沢明を超えてやると意気込んで実際にそれを超えた人はいないと思うんです。でも、映画界でやっている以上、そこを目指さない自分は許せないし、やっている意味がないとも思うんです。日頃はひた隠しにしていますが、今回のような作品をやると、宮本のような行きすぎた理想主義が頭をもたげてしまいますね(笑い)」

映画の世界にのめり込んでいるからだろうか。浮いたうわさを聞かない。

「29歳になって、自分が『俳優バカ』だって認められるようになりましたね。オン・オフの境目がない。何でも映画に通じることだと思ってものを見てしまう。普段(休みの日)はフニャフニャですけど、ソファに5時間いるとかありますけど、体は休んでいても頭では映画のことばかりを考えてしまいますね」【相原斎】

▼真利子哲也監督(38)

いい映画を残したいとの気持ちが先走って、池松壮亮とは白熱した議論が幾度となくありました。現場が始まってからは、そうした感情に惑わされることなく絶妙に芝居に落とし込む才能というのか、努力の末の技術なのか、その計り知れないポテンシャルこそ彼のすごみだと知りました。周りに何を思われようが、ぼくらはただ一生懸命やってただけ。30歳を前にした彼と同じ作品に関わり、確かにこの時間は「青春」だったのかもしれない。池松壮亮の思いも一緒だと思います。見てくれた「君」にとって忘れられない時間になることを願っています。

◆池松壮亮(いけまつ・そうすけ)

1990年(平2)福岡生まれ。日大芸術学部映画学科監督コース卒。卒業製作の「灯火」は15年に下北沢トリウッドで上映された。01年ミュージカル「ライオン・キング」でデビュー。14年の映画「紙の月」でブルーリボン助演男優賞など。17年の映画「映画、夜空はいつでも最高密度の青色だ」でヨコハマ映画祭主演男優賞など。

◆宮本から君へ

新井英樹氏の原作コミックは90年「モーニング」で開始。愚直な熱血営業マン宮本の七転八倒の生きざまが描かれる。18年テレビ東京系でドラマ化され営業マンにスポットが当てられたが、映画では「究極の愛の試練」が描かれる。井浦新、佐藤二朗、松山ケンイチらが出演。

(2019年9月22日本紙掲載)