北海道小樽市の「石原裕次郎記念館」が8月31日、26年間の展示を終了して閉館した。裕次郎夫人で石原プロモーション会長のまき子さんは、舘ひろし(67)神田正輝(66)らと会見を開き、来場者への感謝を言葉にした。閉館時間を迎えて玄関前に集まっていたファンにあいさつすると、涙が止まらなくなった。裕次郎さんの遺志を継いだ映画の製作に向けた構想も明かした。

 まき子さんは、午後6時の閉館後、正面玄関前に現れた。26年前のオープン時と同じ色の白のパンツスーツ姿。この日は白で締めくくると決めていた。約1000人のファンが待っていた。泣かないつもりだったが、涙が止まらなかった。「終わりという言葉は、本当に悲しい。正直言うと本当に苦しい」。

 ファンのために、夫の遺品約2万3000点を展示してきた記念館。館長も長く務めた。26年間、東京と小樽を行き来する生活を送った。「わが家のような場所でした」。ファンから「ありがとう!」「頑張って!」と感謝や激励の声援を浴びると「皆さまのおかげで今日まで来ました。本当に本当にありがとうございます」。何度も頭を下げて涙をそっとぬぐった。

 閉館前に行った会見で「裕次郎さんは今、何と言っていると思うか」と質問されると「『よくやった。よくやったじゃないか。まき子は幸せじゃないか』と言ってくれるのではないかと思います」と答えた。

 やり切った思いもあるが次の夢もある。セレモニー前の取材で「映画を作りたいわね。渡(哲也)くんに撮ってもらって、石原プロモーションの俳優が総出演で」と明かした。

 映画製作は、裕次郎さんの悲願だった。晩年はテレビドラマの制作や出演が続いたが、石原プロによる映画製作は最後まであきらめていなかった。夫の夢を引き継ぐまき子さんには物語の構想もある。米作家ヘミングウェーの名作「老人と海」を下敷きにした海の男の物語。裕次郎さんは生前、静養先のハワイに親交が深かった倉本聡氏を招き、映画の脚本を依頼し、海を舞台にした文芸作品の構想を練り上げた。周囲の反対もあり実現しなかったが、まき子さんの胸には夫の思いが残り続けていた。「私はプロデューサーとして、元気なうちに『応援してください』って歩き回ります。倉本さんが書いてくれないかしら」。

 遺品などを展示する巡回展の1回目は来年7月に東京で開くことが、ほぼ決まった。まき子さんは、これからも夫と一緒に夢を紡いでいく。【小林千穂】