5月29日に神奈川・レイクウッドGCで行われた、芸能人ゴルフナンバーワン決定戦「叙々苑カップ」を取材した。

 優勝はプロボクシング元世界王者の具志堅用高氏(62)だったのだが、注目度ナンバーワンはオフィス北野からの独立劇に揺れるビートたけし(71)だった。森昌行社長(65)の後継に指名されたつまみ枝豆(59)も出場するとあって、芸能マスコミが取材に駆けつけた。

 ラウンド後のたけしは、森社長退任、枝豆社長就任が既定路線のごとく、面白おかしく話してくれた。師匠たけしの指名とあっては、枝豆も乗らないわけにはいかない。「なんだったら遠洋漁業にだって行く」とお笑い、映画に次ぐ、オフィス北野の業務の柱に、まさかの漁業を挙げて笑いを取った。

 同17日に行われた、たけしの新ブランド「キタノブルー」の発表会見も取材したが、暗い気持ちになった。森社長と袂を分かち、個人事務所T.Nゴンに移籍したとはいえ、30年近く苦楽をともにした仲。それが、森社長のことをばか野郎扱いしてののしるのだから悲しくなった。

 振り返れば、記者は過去に日本テレビ系「ビートたけしのお笑いウルトラクイズ」のロケ取材にはことごとく参加。1本生放送の後に、もう1本収録というスケジュールだった、たけし司会の日本テレビ系「スーパージョッキー」の2週に1度の収録には必ず、東京・麹町の日本テレビのGスタジオに通って、芸人のみつまジャパンらと生で熱湯コマーシャルを見ていた(笑い)。今はなき、東京・渋谷ビデオスタジオで行われていたフジテレビ系「北野ファンクラブ」の収録も、ご近所のNHKの行き帰りに顔を出し、放送作家高田文夫センセイ(69)との「バウバウ」といったやりとりをなべやかんや雨空トッポ・ライポと夢見心地で堪能していた。

 映画の北野武監督より、お笑い芸人ビートたけしに関わる方が圧倒的に多かったから、北野映画のプロデューサーである森社長に思い入れはない。と、言いたいところだが、そうはいかない。中学生の頃に見ていたテレビ朝日系のバラエティー「みごろ!たべごろ!笑いごろ!」の伊東四朗のベンジャミン伊東と、小松政夫の小松与太八左衛門(この原稿を書くので、初めてこの名前を知りました)が繰り広げるデンセンマンのコーナーが大好きだったのだ。そして、そのデンセンマンのスーツアクター、つまり中の人こそ、若き日の森社長、その人だったという。

 94年にたけしが“顔面崩壊”に至るバイク事故を起こした時に、スポークスマンとして登場したのが長い髪の毛を後ろに結んだ森社長だった。深刻な事態だったのが、「北野ファンクラブ」でたけしが「元デンセンマンの森社長が」と連呼していたのを覚えていたので、“元デンセンマンの森社長”と書きまくった。深刻な事態でもお笑いに結びついてしまう、芸人らしいエピソードだった。

 たけしと森社長は、たけしが89年の映画「その男、凶暴につき」の監督を務めたことから、北野武監督を世界の舞台へと押し上げる。だが、その長い二人三脚は終わった。これ以上ともに走り続ければ、足がもつれて転倒。ビッグになりすぎた2人だけに大けがになる。それを回避するための別れだったのかとも思う。

 だが、たけしは森社長に攻撃を仕掛け、残留したたけし軍団も、それに呼応して雄たけびを上げた。

 大黒柱のビートたけしを失ったオフィス北野は、芸人、タレントも離脱、マネジャーたちも会社を離れた。たけし軍団のメンバーたちは、キャリアもあり、名前も知られているのでそれなりにやっていけるだろう。だが、ビートたけしへの憧れで集っていた無名の芸人にとっては、この先はきついだろう。それはオフィス北野にとっても同じはずだ。

 それでも、オフィス北野には過去の財産がある。たけしと森社長が二人三脚で作り上げた、過去の北野武監督の作品だ。先月には最新作の「アウトレイジ 最終章」のDVDが発売された。ネット配信が、ますます進んでいく時代、北野武監督作品は、この後も金を生み続けていくコンテンツだ。その権利をめぐって、オフィス北野の主導権争いは、まだ続きそうだ。

 そこで、不謹慎のそしりを受けるのを覚悟して提案。ゴタゴタ言い合う前に「タケちゃんマンvsデンセンマン」の戦いですっきりとけりをつけてほしい。何だったら、最後はつまみ枝豆が、消火器と傘を持って乱入! というノーコンテストでもいい。トゥー・ビー・コンティニューの楽しみがある。もちろん、フジテレビかテレビ朝日で放送してほしい。コンプライアンスでがんじがらめになった、近頃のバラエティーより、よっぽど面白いと思うのだが(笑い)。