「歌ネタは自己主張できる…誰も傷つけずに」

そのひと言に、嘉門タツオ(62)の歌ネタへの思いと、第一人者としての矜持(きょうじ)を感じた。

7月27日に都内で、WOWOWの番組「歌ネタ四銃士 爆笑浪漫飛行!」の収録と取材会が行われた。嘉門が、ともに歌ネタを得意とするテツandトモ、AMEMIYA(42)、どぶろっくを誘い“歌ネタ四銃士”として集結。「音楽と笑いの融合で日本を元気にする」というテーマで、コロナ禍や東京オリンピック(五輪)など話題になっている時事ネタをいじり、社会風刺を込めた歌ネタを披露。嘉門はギターを弾き、笑いながら力強く歌った。

「オリンピックの開会式 いろいろあったけど始まった バッハ バッハ スピーチ スピーチ 長い 長い 長い」(原曲は童謡「あめふり」)

「あなた お願いよ 席を立たないで 息がかかるほど 側に寄らないで コロナが 怖いんです」(原曲は「ロマンス」)

「飛沫(ひまつ)感染や・め・てぇ~」(原曲は「宇宙戦艦ヤマト」)

「接種 接種 接種 ワクチン接種が遅れてる 副反応が怖いのかもね」(原曲は「夏の扉」)

歌謡ポップスチャンネルで9月12日午後6時から、WOWOWプラスで同13日深夜2時45分から放送するにとどまらず、同19日に名古屋・御園座、25日に東京・ティアラこうとう大ホールでライブまで開催する。嘉門は「みんなキャリアも力もあるし、独立してでもお客さんを呼べる4組が集まる。いろいろなことが生まれていくと思う。予想だにしなかった展開ではありますが、みんなが力を付けて並ぶことによって力を増強していく初めてのもの」と今後の展開に期待した。

その上で「昔からプロテストソングとか、フォークの人たちは野音などで、みんなで連なった。フジロックみたいに、世界の人が一堂に集まる、集団になるエネルギーを、このジャンルで初めて出来る喜びを感じております」とも語った。歌ネタだけでライブが出来る、市民権を得たという喜びなのではないかと、記者席で聞いていて感じた。

テツandトモ、AMEMIYA、どぶろっくを誘った理由を聞かれると「共通点は、自分の主張を持ってやっているということ。音で遊ぶというか、自分でギターを弾いて歌うところに説得力がある」と即答した。そこで、コロナ禍で芸能界も公演が出来ない苦しい状況だが、何を思って歌ネタをしているのかと問いかけると、こう答えた。

「別に芸能だけにかかわらず、友人の飲食やっている人も、ずいぶん大変な思いをしているしね。それを現実として受け止めて…ただ僕らの場合は、同じ芸能でも、いろいろ演劇、落語、歌舞伎もある中で、どう思うのか、という主張も出来ます」

一方でSNSの普及が進む昨今は、何か発言すればインターネット上で炎上してしまい、著名人、芸能人が、ますます主張しにくい世の中になっている。炎上は、過去の発言や芸にまで及ぶ。例えば東京オリンピック(五輪)開会式前に過去のいじめ告白が波紋を呼び、開閉会式の楽曲制作を担当したミュージシャン小山田圭吾(52)が辞任。さらに開閉会式の制作・演出を事実上のトップとして手掛けた元お笑いコンビ、ラーメンズの小林賢太郎氏(48)も、98年にコントで「ユダヤ人大量虐殺(ホロコースト)」をネタにしたことが明らかとなり、解任された。

そんな現代は、社会風刺もしにくい、風刺という概念そのものが失われているという声も少なくない。その中で、社会風刺を歌ネタとして芸にすることについて聞くと、嘉門は「政治的なことに絡むと、波風が立つこともある。難しいところなんですよね。けれども、現象として取り巻く周囲の状況を言うとか、みんなが思うことを代弁する。例えば、バッハさんの演説が13分で長かった、みたいなことは、言うべきことや思うんですね」と答えた。

その上で、東京五輪について「みんなやるかどうか、やらんか、分からんかったけど(選手は)あれだけ練習しているとインタビューが出てきて、笑顔も出てくる。明らかな効果も実感していますので、ここからが我々の本領発揮だと考えております」と良しあしを見極め、歌ネタにすることを示唆した。その上で「インターネット社会が普及し、YouTubeなんか、非常に自分の考えとかを述べやすいメディアだと思う。テレビで言えないこととかも、そういうところで歌ったり形に出来る。1つの転換期で、我々は時流に乗ることが出来る」と炎上を恐れることなく、むしろインターネット社会を歓迎した。

その上で、歌ネタとして、ちょうど良い加減の“いじりポイント”を語った。

「誰かを傷つけても、いけないし、みんなが笑ってハッピーになって『そうそう、よくぞ言ってくださいました』というところに(歌ネタは)いるんじゃないかと思います」

1991年(平3)の「替え歌メドレー」が82万枚を売り上げ、翌92年にはバッハの名曲「トッカータとフーガ ニ短調 BWV 565」を元にした「鼻から牛乳」もヒットしNHK紅白歌合戦に出場した嘉門。それから30年。「誰も傷つけずに自己主張」という“レジェンド”嘉門の精神性が、コロナ禍で苦しみ、打ちひしがれた人の言いたいことを代弁しつつ、その心を笑いで明るく照らすから昨今、歌ネタがブームなのではないだろうか。【村上幸将】