年明けに、シンガー・ソングライター藤井風(24)の故郷・岡山県里庄町で過ごしていた当時のエピソードをニッカンスポーツ・コムに「故郷・岡山から吹いてきた『藤井風の物語』」として出稿した。彼の実家の近所に住む82歳の私の母と彼の触れ合いが、なんだかほのぼのとしていたので、書いてみたところ、びっくりするほど反響が大きかった。ヤフーニュースにも掲載され、今まで経験したことのない数のコメントが寄せられた。ほとんどが、好意的な内容で、「朝から泣けました」なんて熱い思いも届き…なんで、泣ける? 母親をネタに笑い話を書いたつもりなのに…と、戸惑った。ありがとうございます。

あらためて、藤井風という若者が奏でる音の深さと、岡山弁の醸すやさしさが、幅広く多くの人たちに染み渡っていることを実感した。「また書いてください」というリクエストもたくさんいただいた。また…。困った。彼の実家の前は何百回と通ったことはあっても、本人に会ったことがない。ところがどっこい。「藤井風の物語」に負けないさわやかな風が、再び岡山から吹いてきた。

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1月末、JA全農杯チビリンピック2021・全国小学生選抜サッカー決勝大会(日刊スポーツ主催)を横浜で取材した。8人制サッカーの大会で、1回戦と準々決勝の会場は日産フィールド小机など、準決勝から隣接する日産スタジアムに舞台は移った。

4強の一角は、岡山代表(中国地区1位)のオオタフットボールクラブだった。準々決勝で今年の全日本小学生サッカーで優勝したレジスタFCを破っての進出だった。レジスタは1回戦で9点を奪う圧勝で、かなうわけがないと思っていた。ところが、オオタFCがPKによる1点を守り切る、大番狂わせだった。

さっそく、大田修平監督に聞いた。1点を必死に守った試合内容や「鬼滅の刃」の主人公のような、緑と黒の市松模様に染め抜かれた斬新なユニホームのデザインのこと。なんでも、交流のあるチームのデザインにあやかり数年前から着用しているという。「最近よく『鬼滅ユニホーム』って言われるんですけど、パクったのは別の所からなんですよ」と苦笑いの監督。キャプテンの武谷快地くんも「うちの方が先です!!」と、胸を張った。

いよいよ日産スタジアムで準決勝、オオタFCはヴィッセル神戸U-12(兵庫)と激突。こちらはクリムゾンレッドと白の細かい格子柄だったが、1-0でまたも逃げ切り勝ち。優勝候補の次はJクラブをなぎ倒した。すごいぞ! 風は岡山に吹いている…。

風? ふと、藤井風との縁を思い起こしていた。昨年9月、藤井風は日産スタジアムで無料ライブを開催した。広いピッチの真ん中に、ピアノを1台置いただけの弾き語りだった。コロナ禍のため、直前で無観客に変更されたが、約1時間のパフォーマンスは全世界に無料動画配信された。NHKが制作過程から密着取材したドキュメント番組も好評で、紅白歌合戦初出場の決め手なったとされる、運命の場所だった。

風に乗った岡山の少年たちは、決勝のピッチも駆け抜けた。相手はこれも強豪を倒し続けて初出場初優勝に王手をかけたジンガ三木SC(兵庫)。互角と思われたが、序盤から続けざまに4人がゴールを決めてオオタFCが圧勝。歓喜の瞬間、ピッチ上のほとんどの選手があおむけに倒れ込んだ。2日間で4試合144分。全力を振り絞った末に見上げた曇り空に、彼らは何を見たのか…。そういえば、藤井風も芝生に寝転がり、9月の雨空を見上げて歌うシーンがあった。その時、オンラインを通じて「疲れてませんか?」と問い掛けていた。オオタFCよ、お疲れさま!!

さて、優勝インタビューだ。大田監督には決勝のポイントや、代表を務める父上とともに日本一のチームに育て上げた歴史など聞かせてもらった。そして、ゴールした4人に聞いた。「ようがんばったなあ。今日は何がよかったん?」。突然の岡山弁による質問に戸惑い気味だったが、「今日はアップからすごく調子がよかったです」と声をそろえた。「ほんまかあ。新倉敷(彼らの新幹線の最寄り駅)より新横浜(会場の最寄り駅)の方がええことがあるんかなあ(いいことがあるのかな?)」。しつこいネーティブ岡山弁の連続に、選手は苦笑気味だった。ごめんね。

ここで結論。藤井風は英語のようにも聞こえる岡山弁で、ほのぼのと広く愛されているが、岡山の若者が必ずしも常に岡山弁で話すわけではないことを、少年たちは教えてくれた。ちゃんと敬語も使えてたしね。この点は藤井風、かなり特別な「オカヤマン」なのです。

セレモニー後の記念撮影。笑顔を引き出そうと、シャッターを押しながら選手に呼びかけた。

「君らあ、岡山の英雄でえ。藤井風よりすげえで!」。

きょとんとする選手のそばで、ゲストの北沢豪さんが「そうだ、藤井風は岡山だよね! すげえっ」と興奮してくれた。

さらに、もう1回。「千鳥よりすげえで」

「あははは」と、これは選手にも受けた。何より「千鳥も岡山だよね? すげえな岡山!!」と北沢さんのリアクションは神だった。

確かに、岡山に勢いがある。藤井風や千鳥、朝の連ドラ「カムカムエヴリバディ」の舞台は岡山だし、出演するオダギリジョーも岡山だ。沢村賞など5冠達成のオリックス山本由伸、女子ゴルフの渋野日向子とアスリートも台頭した。そして、オオタFC。私の記憶の手帳をめくってみると、岡山の少年たちが日本一になるのは桃太郎以来!! ホンマか? でも、そういうことにしておこう。新たな伝説が、岡山から吹いてきた。藤井風ファンのみなさんからは、「なんなん?」「もうええわ」のため息が聞こえてきそうだけど。【久我悟】