ザ・ドリフターズのメンバーとして人気を博した、タレントの仲本工事(なかもと・こうじ、本名・仲本興喜=なかもと・こうき)さんが19日夜、急性硬膜下血腫のため、横浜市内の病院で亡くなった。81歳だった。

仲本さんは同市内で車にはねられ、危険な状態が続いていた。遺体は20日に病院を離れ、葬儀所に安置されたとみられ、葬儀は家族葬として営まれる予定。一世を風靡(ふうび)したお笑い界のレジェンドの悲報に、多くのタレントが悼み芸能界に悲しみが広がった。

   ◇   ◇   ◇

仲本さんは18日午前、横浜市内の横断歩道のない交差点を歩いて渡ろうとしたところ、ワゴン車にはねられた。頭を強く打っておりすぐに手術を受け終了し、一度は小康状態になったという。関係者によると、妻で歌手の純歌(54)や娘、マネジャーらが付き添い、回復を祈っていたが、事故から約37時間後の19日午後10時22分に息を引き取った。面会時間を過ぎたタイミングで病院を離れた関係者もいたといい、容体が急変したとみられる。搬送された時には、頭から血を流し、意識がもうろうとしていた。

ドリフメンバーの加藤茶(79)や高木ブー(89)は、事故の報を受け、18日に病院に駆けつけた。だが、仲本さんは意識がはっきりしない状態で、コロナ禍でもあり、遠くから励ますことしかできなかったという。所属事務所によると、加藤も高木もショックが大きく、コメントを発表できる状態ではないという。葬儀・告別式は家族葬で近日、営まれる予定。

仲本さんは3度の結婚を経験。12年に、27歳年下の純歌と再々婚した。盛大な結婚披露宴も開いたが、事実婚だったようだ。夫妻で東京・目黒区内で居酒屋やカラオケスナックなどの飲食店を営んでいたが、コロナ禍の影響もあり、店は休業状態に。昨年からは、純歌が横浜市内でカレー店を始めたこともあり、別居状態と報じられたこともあった。仲本さんが事故に遭ったのは、純歌が経営するカレー店の近くの道路だった。

仲本さんは今月7日、都内で、小出恵介主演の舞台「『日本昔ばなし』貧乏神と福の神~つるの恩返し~」(11月上演)の制作発表に出席していた。貧乏神を演じる仲本さんは「私自身、ドリフのメンバーがだんだんいなくなって、仕事もなくなって。(都内で営む)お店もうまくいかなくて、だんだん貧乏に…。だから素のままで演じたいと思います」と自虐気味に笑いを誘っていた。

最後の仕事は14日。群馬・高崎タカシマヤで開催中の「志村けんの大爆笑展」に高木とともに参加した。ドリフファンが集まり盛況だったようで、ツイッターに「笑顔も2倍です。楽しかったなァ。志村も喜んでくれたかな」などと投稿。地元メディアの取材も受け、新しいコントへの意気込みも語るなど、最後まで笑いへの意気込みは衰えなかった。

○…都内の閑静な住宅街にある仲本さんの経営していた居酒屋「仲本家 JUNKAの台所」兼自宅の扉には「誠に勝手ながら しばらくの間 休ませて頂きます 店主」という張り紙がされていた。近所に住む主婦は「1年ぐらい前からお店は開いていなかったようでした。コロナで閉めていたのかなと思っていました」などと話した。午後には、飼われていたとみられる猫を引き取りにきたという関係者の姿も見られた。

◆仲本工事(なかもと・こうじ)本名仲本興喜。1941年(昭16)7月5日、東京都生まれ。学習院大卒。64年、ザ・ドリフターズ結成に参加し、ギターとボーカルを担当。「8時だョ!全員集合」で人気に。CMでの「コ・マ・オ・ク・リ・モ・デ・キ・マ・ス・ヨ」などギャグも多数。志村けんさんとの「じゃんけん決闘」も名物。「水戸黄門」などテレビドラマにも多数出演。私生活では、82年に妻を亡くし、91年に再婚し1男2女をもうけるも、04年に離婚。12年に純歌(当時三代純歌)と披露宴を挙げるも事実婚だった。