役所広司(67)が今年のカンヌ映画祭で主演男優賞に輝いたのは記憶に新しいところです。初主演作から数えると、主演級として一線に立ち続けて実に35年。一定の年齢から脇役に徹する俳優も少なくない中で、この立ち位置での息の長さは現役俳優の中で群を抜いているのではないでしょうか。一方で、「主演寿命」の観点から振り返ると、映画全盛期のスターシステムをくぐったベテランの中には、驚異的な主演歴を重ねる人もいます。【相原斎】

■見る者の心揺さぶる

日本人のカンヌ主演賞は、受賞当時14歳の柳楽優弥以来19年ぶり。役所は「やっと柳楽君に追いつくことができました」と34歳下の後輩の名を挙げて冗談めかしましたが、自身も97年の主演作「うなぎ」が最高賞のパルムドールに輝いています。以来26年を経ても、まったく衰えない「現役感」の方にむしろ驚かされます。入れ替わりの頻度が増す現代では例外的な存在と言えるかもしれません。

作品はドイツの名匠ヴィム・ヴェンダース監督の「パーフェクト・デイズ」。東京・渋谷で働くトイレ清掃員という、主演としてはかなり異色の役柄で、改めて幅広な演技力を実証する結果となりました。

6年前、「関ケ原」の徳川家康役と「三度目の殺人」の殺人犯役で、日刊スポーツ映画大賞の助演男優賞となった時に聞いた言葉が記憶に残っています。

「役者にとって年齢は味方につけなくてはいけないものと思っています」

息長く活躍する俳優の心の持ちようがうかがえます。肉じゅばんの助けを借りてなりきった老獪(ろうかい)な家康と、接見室で弁護士とじっと向き合う本心を見せない殺人犯。それぞれ岡田准一、福山雅治という当代の人気者を相手に年輪をにじませた演技が印象に残りました。

「やっぱり大切なのは作品との出会い。主演は周囲の演技を受ける立場ですが、助演は主人公を刺激していく立場。そういう意味で思い切っていけたのかもしれませんね」

助演に回っても、主演俳優の気持ちを考えながら、撮影現場をしっかり俯瞰(ふかん)している姿勢がわかります。主演、助演、特別出演-役柄も硬軟幅広く演じてきたこの人らしい言葉です。67歳の今も「主演」の依頼が絶えないのは、この安定感に加え、どんな役を演じても、そこに見る者の心を揺さぶるバイタリティーがにじみ出ているからではないかと思います。

 

34年前の冬、役所にとって主演2作目となった「オーロラの下で」(後藤俊夫監督)のロケ撮影に同行取材する機会がありました。

旧ソ連でシベリアの西端にあるペルミ市が撮影現場です。雪も深い氷点下15度は、目出し帽をかぶらなければ顔が痛くなります。顔を出した状態の役所が、雪中でオオカミ犬と戯れるシーンになかなか「OK」が出ません。撮影可能な日照時間は午前10時から午後3時まで。ようやくOKが出たのは日没直前でした。

途中暖を取りながら、耐え続けた役所は終了後「実は零下40度を超える日もあって、顔面はすぐ切れるし、目が開かなくなるときもあったんですよ」と淡々と振り返りました。芯の強さを垣間見る思いでした。

■高齢化社会題材増え

仲代達矢主宰の無名塾からスタート。初主演映画「アナザー・ウェイ-D機関情報-」まで9年の下積みがあった役所とは違い、最初から「主演俳優」として売り出す旧来のスターシステムに乗った人の中には、信じられないくらい長期の主演歴を誇る人がいます。

東映ニューフェイスとしてスタートした高倉健(14年、83歳没)はデビュー作にして初主演の「電光空手打ち」(56年)から遺作となった「あなたへ」(12年)まで、実に56年間「主演俳優」を貫きました。デビュー直後には「美空ひばりの相手役」に甘んじた、本人にとっては納得のいかない時期もありましたが、東映から独り立ちした「君よ憤怒の河を渡れ」から数えても36年。文字通りの「銀幕スター」といえます。

その高倉のデビュー翌年、高校在学中に「キューポラのある街」(62年)に初主演した吉永小百合(78)は、今年9月にも「こんにちは、母さん」の公開を控えているので、なんと61年間の主演歴をさらに更新中です。「相手役」の多い女優の中で、この人の近作は「単独主演」がほとんどです。文字通りの最長主演寿命ということになるでしょう。

 

突出したこの2人の場合は、年齢を重ねても助演に回ることはなく、一定の時点で出演本数を絞っているという特徴があります。テレビドラマも含め、助演もこなしながら「主演級」の立ち位置をキープする近年のトップ俳優とは単純に比較できないのも確かです。

一方で、映画全盛期には現代とは比較にならない密度の濃い仕事をこなしています。2人以上にこの時代を象徴するのが森繁久弥(09年、96歳没)でしょう。高倉デビュー年に当たる56年から、わずか14年間で「社長シリーズ」全33作、「駅前シリーズ」全24作の計67作。加えて他に30作品余りでメインキャストを務めました。14年間に約100本の高密度が映画全盛期のパワフルさを物語ります。

森繁は50年の「腰抜け二刀流」で初主演。年齢を重ねてからは、作品を締める特別出演が多くなりましたが、90年の主演作「流転の海」までをカウントすると主演寿命は40年ということになります。

長寿シリーズとしては、ギネス認定の渥美清(96年、68歳没)の「男はつらいよ」全48作(特別編等加えて50作)が69年から26年間続きました。62年の「あいつばかりが何故もてる」で初主演した渥美の主演寿命は33年間でした。

高齢化社会を背景にした題材も増え、昨年は81歳の倍賞千恵子が9年ぶりの主演作「PLAN 75」でブルーリボン賞や日刊スポーツ映画大賞の主演女優賞となりました。

レジェンド感の出てきた役所に限らず、現在活躍中の俳優の中から「主演長寿」の記録が生まれる可能性も決して低くないのです。

 

■ハリウッドでは

ハリウッドのトップ俳優たちの「主演寿命」はどうでしょうか。最長は18年に俳優引退を表明したロバート・レッドフォード(86)だと思います。65年の「サンセット物語」からメインキャストに名を連ねていますが、厳密な主演作「裸足で散歩」(67年)からカウントしても51年とただ1人半世紀を超えました。

81歳で人気シリーズ「インディ・ジョーンズと運命のダイヤル」に主演したばかりのハリソン・フォードは、ハン・ソロ役で注目された「スター・ウォーズ」から数えて46年。伝説の西部劇スター、ジョン・ウェイン(79年、72歳没)も同じ46年でした。

「明日に向って撃て」(69年)でレッドフォードと共演したポール・ニューマン(08年、83歳没)は、「傷だらけの栄光」から98年の「トワイライト 葬られた過去」までで42年。来年「ヒア」の公開を控えたトム・ハンクス(66)が41年で続きます。

昨年の「トップガン マーヴェリック」に続いて、この21日に「ミッション:インポッシブル デッドレコニング PART ONE」が公開されるトム・クルーズ(61)は40年目となりますが、現役感ムンムンの現状から、半世紀超えがありそうです。

今年3月、失語症を理由に残念ながら俳優引退を表明したブルース・ウィリス(68)は「ダイ・ハード」から数えて35年でした。

◆相原斎(あいはら・ひとし) 1980年入社。文化社会部では主に映画を担当。黒澤明、大島渚、今村昌平らの撮影現場から、海外映画祭まで幅広く取材した。著書に「寅さんは生きている」「健さんを探して」など。6年前の取材時、役所はTBS系「陸王」に主演中だった。ドラマでの熱い演技に話が及ぶと「久々のドラマで若いスタッフの活力にあおられています。映画の監督たちに『あいつくさい芝居しやがって』と思われるのが、ちょっと心配です」と照れ笑いした顔が記憶に残っている。