アリスのリーダーでシンガー・ソングライターの谷村新司(たにむら・しんじ)さん(本名同じ)が10月8日、亡くなった。74歳だった。16日、所属事務所が発表した。

葬儀は親近者のみで15日に執り行った。3月に腸炎により手術を実施。6月に開催予定だったアリスの全国ツアーなどに向けて療養を続けていたが、かなわなかった。ソロでも代表曲「昴-すばる-」を生み出したほか、山口百恵さんの「いい日旅立ち」などを提供するなど、非凡なヒットメーカーがまた1人、この世を去った。

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友人以上の存在だったので、がくっと来て、しばらく何も手をつけられませんでした。1986年に西武で優勝したオフ、品川プリンスホテルのディナーショーに球団から招待されて、そこでお会いして以来の付き合いでした。お互い旅が好き、食べることが好きということで意気投合し、すぐに腹を割って話せる関係になったのを覚えています。

91年広島との日本シリーズでのことです。第5戦に負け、王手をかけられて帰京した時に、彼から花束が届きました。添えられた手紙を読むと、野球には一切触れず「東京の雨もいいものですよ」とだけ書いてありました。追い詰められていた心がふっと軽くなり、そこから2連勝できたのです。

彼が試合を見に来ると必ず勝つんです。92年のヤクルトとの日本シリーズで、私はゲンをかついで、球場に来てくれないかと頼んだことがありました。彼は松山でのコンサートを終えた足で、神宮球場まで来てくれました。私が西武の監督を辞めたときは、シンガポールからFAXをくれて「月の人」という詩を送ってくれました。05年に私の野球殿堂入りを祝うパーティーでは、その詩を朗読してくれました。真心のこもった彼の気遣いに何度、励まされたことか。

ハワイにも遊びに来てくれました。ある年の大みそか、一緒にNHK紅白歌合戦を生で見ました。時差が19時間あるので、ハワイ時間の午前0時から5時までみて、それからおせちを食べたのが良い思い出です。家族ぐるみの付き合いで、歴史好きの家内と何時間も話していたことが思い出されます。

今年の正月に電話で話したのが最後になりました。コンサートに行くと約束していたのですが。本当に寂しい。心にぽっかり穴が開いたようです。心より、ご冥福をお祈りいたします。【元西武監督・森祗晶氏】

 

「月の人」

勝負に生きる人の宿命は万事を尽くしてそして勝つことにある。そして勝敗を越えて何かを伝えてくれるのは、幕を引く時のその人の在り方と潔さである。森祇晶は人として美しいから好きである。決して相手をあなどらず全力で立ち向うその姿は、白い獅子の如く、戦い終えてなお誇りをすてずさわやかでさえある。人に「太陽」と「月」があるとするならば、森祇晶はまぎれもなく「月の人」である。とぎすまされて冷たくも見えそして儚ないがゆえに美しくもある。多くの人は太陽の大きさと暖かさに憧れ空を見上げる。そして日没とともに眠りにつく。人々が安らかな眠りにつく中で月はただ黙々と闇を照らしている。眠れずに空を見上げる人達は知っている。その「月」のやさしさともどかしさを、そして真昼のまぶしい陽射しの中にも、月は確かに輝いていることを。我々は忘れない月の潔さとその美しさを。我々は忘れない「月の人」の熱い心を・・・・・。(原文まま)