ブルーリボン賞という映画賞がある。日刊スポーツをはじめ、在京スポーツ紙7紙の映画担当記者で構成する東京映画記者会が主催し例年、1月に選考会を行い、決定した受賞者・作品を紙面、ウェブで発表。2月に授賞式を行ってきたが、コロナ禍が世界的に拡大した20年度以降、開催を見送り、紙面とウェブでの発表にとどめてきた。その授賞式を、66回目を迎えた本年度、日刊スポーツが幹事社を務めて4年ぶりに復活させて、8日に東京・イイノホールで開催した。

ブルーリボン賞授賞式の名物となっているのが、前年度受賞者が司会者を務めることだ。役として演じる人間を生きるのが仕事である俳優が、授賞式というセレモニーで司会を務める機会は、まずない。本年度の司会は、22年度に「ラーゲリより愛を込めて」と「TANG タング」で主演男優賞を受賞した二宮和也(40)と、「PLAN75」で主演女優賞を受賞した倍賞千恵子(82)が務めたが、ともに授賞式の司会は初めてだったという。例え司会者と受賞者に共演歴や親交があったとしても、俳優同士で向き合うのと、司会者と受賞者で向き合うのとでは、わけが違う。だからこそ普段、決して見ることがないような顔が司会者、受賞者、双方からかいま見えるし、思わぬハプニングが飛び出すこともある。

加えて、司会者が読む台本はもちろん、イベント全体にわたって、普段は俳優を取材する側でイベントの運営においては素人の我々、記者が手弁当で運営する。だから通常の映画や芸能のイベントのようにこなれておらず、舞台裏はハプニングの連続だ。そうしたことが、自然と檀上ににじみ出るからこそ手作り感にあふれ、受賞者、司会者、そして読者招待で当選し、駆けつけた一般のファンの心に、ブルーリボン賞授賞式にしかない、独特の味として残るのだろう。

8日の授賞式のもようは我々、東京映画記者会各社の紙面、ウェブや、テレビ各局のニュース、情報番組で報道されたので目にした人もいるだろう。主に取りあげられたのが

<1>23年ぶりに主演女優賞を受賞した吉永小百合(78)が、受賞対象作「こんにちは、母さん」の山田洋次監督(92)が手がけた15年「母と暮せば」で母子を演じた二宮和也(40)と檀上で再会。今年初の対面に「急にお母さんになっちゃった」と感激したシーン

<2>「ゴジラ-1.0」で、戦後の日本を寄り添って生き抜くパートナーを演じ、NHK連続テレビ小説「らんまん」でも夫婦を演じ、主演男優賞受賞の神木隆之介と、助演女優賞受賞の浜辺美波(23)との一連のトーク。

<3>来年度、司会を務める神木と吉永の握手とトーク

だった。

記者は、授賞式の台本を作成した。台本には受賞者・作品に関する基本的なデータや、紙面&ウェブ発表向けの取材で得た情報を盛り込んだ原稿を書き込む。司会者と受賞者に共演歴や親交があれば、その点も台本には盛り込み、必要があれば司会から受賞者に歩み寄ってトークして欲しいなどと、動き方まで書き込む。テレビ、新聞、ウェブなど、集まったメディアに取材し、発信してもらえるようなヤマ場は意識的に作る。<1>、<2>など、メディアが報じた大体のシーンは、台本に流れを作っていた。

素材に過ぎない台本を絶品の料理に仕上げたのが、NHK紅白歌合戦で白組の司会を嵐として10~14年まで5度、個人として17年に1度、務めた経験を持つ二宮だ。<1>の吉永とのトークは台本に則りつつ、62年「キューポラのある街」、00年「長崎ぶらぶら節」に続く3度目、しかも昭和、平成、令和にわたっての主演女優賞受賞を成し遂げた、吉永の偉業をこの一言で評した。

「驚いたのは、浜辺美波ぶり。23歳なんで…でき上がっちゃいますよ」

日本映画の歴史が分からないファンでも、吉永を後ろの席から見つめていた浜辺の姿を見れば、今回の吉永の受賞が、いかにすごいことかが一目瞭然で分かる。こんなひと言は、当然、台本に盛り込んでいない。

また<3>のシーンも、記者が書いた台本には全く書いておらず、神木がスピーチを終えようとした刹那に、二宮が放った「隆之介は来年、司会ですので」というひと言から生まれた。神木が客席で見つめていた吉永に向かって「足だけは引っ張らないように全力でやらせていただきます。よろしくお願いします」と深々と一礼。その流れを受けて、吉永が主演女優賞の受賞スピーチを終え、倍賞が来年の司会の話を振ると、二宮がすかさず「隆之介、おいで」と神木を舞台中央に呼んだ。次年度授賞式で司会を務める2人のタッグを、本番から1年も前に二宮が実現させてしまった。

二宮の伸びやか、かつアイデア豊富な司会回しが、4年ぶりに復活したブルーリボン賞授賞式を、すばらしいものにしたという声が各所から連日、聞こえてくる。第三者として客観的に見たいと思い、ブルーリボン賞授賞式を報じたテレビ各局の映像を2日ほど時間を置いてチェックしたが、

ベースである台本をひょいと飛び越えた“名司会”二宮の司会回しで、豊かさ、面白さがグンと増していることが分かる。幹事社として、そして台本制作者として、二宮には感謝しかない。また、伸びやかに動く二宮の一方で、台本の流れをくんだ上で、自らが歩んできた日本映画の歴史を口にするなどして肉付けした、倍賞の司会回しも、賞と授賞式に意義と安定感をもたらした。

4年ぶりに授賞式を復活開催したことで、ブルーリボン賞に1つのバトンをつなぐことが出来た。そのバトンには、司会の二宮と倍賞が檀上のトークで次年度司会の神木と吉永につなげた縁が刻み込まれた。だからこそ、そうした物語のその先で、再び受賞者として檀上に立つ二宮と倍賞を取材したい。カメラの前で演じている姿を何度か取材し、俳優としての2人のすばらしさを味わった記者として…。【村上幸将】