「ひらり」「毛利元就」などのドラマで知られる脚本家で、女性で初めて大相撲の横綱審議委員会(横審)委員を務めた内館牧子(うちだて・まきこ)さんが17日、急性左心不全のため東京都の病院で死去した。77歳。葬儀は近親者で行った。喪主は弟均(ひとし)さん。

近年は公の場に出る機会は減っていたが、22年6月には、原作小説「すぐ死ぬんだから」の朗読劇の会見に出席している。会見では「人間は男も女も見た目に気を付けないと」などと元気に話していた。

60代にさしかかるころに心臓の疾患が見つかった。大相撲の横審だった09年、心臓弁膜症の手術を受けている。公演先で体調を崩し、救急車で搬送され緊急手術を受け、長期療養した。療養後は精力的に仕事を続け、老いや老後をテーマにした作品を数多く書いた。ウイットに富んだ言葉は変わらず、心臓の手術を振り返り「心臓だけは強いと思っていたのに」と笑わせることもあった。

17年の看護に関するイベントでは、車いすで登場して、集まった人を驚かせた。花見をしていた時に転倒し足を骨折、全治6カ月だと明かした。痛々しい姿だったが「全身麻酔で手術するかと言われたけど、嫌なのでギプスで治しますと言いました」と話していた。

内館さんは会社員を経験し、脚本家になった。その経験が、数々の脚本の基礎となり、大河ドラマや朝ドラなど長期にわたるものから、トレンディードラマなど、流行に乗った作品を生み出した。

相撲は幼稚園に通っていた時に好きになり、ラジオ中継のころから夢中だったという。何十年も見続けた蓄積が、相撲ファンの女性がヒロインのNHK連続テレビ小説「ひらり」につながった。

00年には女性初の横審に就任した。横綱朝青龍(当時)への辛口の意見は賛否もあったが、理想とする力士像を強く持っていることからくる愛ある苦言でもあった。日刊スポーツのインタビューに「(生まれ変わったら)お相撲さんの膝とか、レスラーの腰とかを治す、格闘技やってる人を救いたかった」と答えたこともあった。

内館さんの作品や言動には、厳しさ、優しさ、美学が共存していた。

◆内館牧子(うちだて・まきこ)1948年(昭23)生まれ、秋田市出身。武蔵野美大卒。三菱重工で13年半勤め、脚本家デビュー。90年TBS「想い出にかわるまで」がヒット、92年NHK連続テレビ小説「ひらり」で橋田寿賀子賞を受賞。ほかNHK「私の青空」など。00~10年に横綱審議委員、03年東北大大学院に入り、大相撲の女人禁制について研究し、相撲部総監督を務める。格闘技も好きでも知られる。19年、旭日双光章。