25年11月24日に実写日本映画興行収入(興収)記録を22年ぶりに更新し、同12月21日には181億を突破した「国宝」が作品賞、李相日監督(51)の監督賞、吉沢亮(31)の主演男優賞はじめ、史上最多の6冠に輝いた。
日本映画学校(現日本映画大)の卒業製作「青~chong~」で、00年のぴあフィルムフェスティバル4冠を獲得してから四半世紀。李監督は、自らの撮りたいテーマに妥協なく向き合い今回、日本映画の歴史に新たな金字塔を打ち立てた。信じる映画作りを貫き続ける思いを聞くと、返ってきた言葉は「そこまで、完璧に自分を信じているわけではない」という意外すぎる言葉だった。
李監督は、25年10月30日に東京国際映画祭で山田洋次監督(94)と対談した。その中で、歌舞伎俳優を演じた主演の吉沢と共演の横浜流星(29)が、中村鴈治郎(66)や日本舞踊家の谷口裕和氏の指導を受け、1年半にわたって稽古したことについて「(歌舞伎の稽古に)1年半、かけちゃうんだ」と驚かれた。劇中で描く季節に合わせて夏、冬などと時期を分けて撮影する作品が、現代もないわけではない。だが、映画がエンターテインメントの中心にあり、今以上に作品作りに時間も労力もかけられた、日本映画の黄金時代を知る山田監督でさえ、李監督の映画作りには舌を巻いた。「日本映画の黄金時代の作り方を今、やるのは難しいですよね?」と尋ねると、李監督は「…ですね」とつぶやいた。畳みかけるように「なぜ、やるんですか?」と尋ねると「ふふっ…なぜ? って」と笑った。
李監督は、25年9月にNHK Eテレで放送された「スイッチインタビュー」で、10年「悪人」、16年「怒り」でタッグを組んだ“盟友”妻夫木聡(45)と対談。妻夫木から「次、何を作るとか、そういうことはプレッシャー、感じない人でしょ?」と聞かれると「『国宝』が当たったことに関してのプレッシャーはないけど、自分の中で作りたいものに対しての欲が強くはなっているから、そこに自分の能力が追いつけるのかな」などと答えた。
そのことを引き合いに、「撮りたいものへの欲があるのか? なぜ、そこまでやるのか?」と尋ねた。李監督は「そこまで、完璧に自分を信じているわけではない。どこか、これでいいか? というところでで止まると“これでいいか映画”ができるという確信がある。恐怖心も、あるかも知れない」と答えた。その上で「例えば…映画って、目をつぶってバットを振って、ホームランには、絶対にならないんですよ。最終的に、できあがったものには、やったものしか映らない。それを乗り越えていかないと、これが見たかったんだ、というものには行けないということ」と答えた。
配信がインフラに近いレベルにまで普及し、TikTok(ティックトック)をはじめとしたショート動画も全盛の中、上映時間175分と3時間近い長尺の作品に、1200万人超の観客が映画館に足を運んだ。「映画館に客足を戻す“地殻変動”を起こした」「観客の見方まで変えた」などの声まで出ている。社会的ムーブメントを起こしたことで、映画の作り方は良い意味で変わっていくだろうか? と尋ねると、李監督は「これが1本で、また、元のもくあみだと意味がないので、継続していく、ということだと思う」と答えた。さらに「継続するために、何が必要ですか?」と尋ねると「ええっ?」と口にした上で「上昇していくしか、ないんじゃないんですかね?」と答えた。そして、こう続けた。
「観客も、もう、これだけ配信が普及して何でも見られる時に、映画館に行って何が違うのか? という価値が見いださないと、止まってしまいますよね。じゃあ、その価値をどう作るか? 物語だけじゃなく、映像の画質、つかさどる要素を、どう上げていくかは美術にもつながるし、中心にいる俳優の演技…映画的要素、全てをリフトアップしていかないと、配信で見るものと価値観の違いを出すことができない」
ひとしきり、語った上で「やれることだと、僕は勝手に思っているので。やれないことを言っているつもりはなくて」と断言。「技術を持っているスタッフもいる。役者の潜在能力も、海外に劣っているとか思わない。やりきれる環境を、どう作るのかが難しい」と口にした。米アカデミー賞のショートリスト入りした中、日本映画の可能性と課題を示した李監督の言葉が、日本映画界に投げかけるものは、あまりに多く、その意味合いも大きい。【村上幸将】
◆李相日(り・さんいる)1974年(昭49)1月6日、新潟県生まれ。神奈川大経済学部卒業後、日本映画学校(現日本映画大)入学。卒業制作「青~chong~」がPFFで4冠を受賞しデビュー。日刊スポーツ映画大賞では、日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞した06年「フラガール」が作品賞に輝いた。10年「悪人」が作品賞など3冠。22年「流浪の月」で初の監督賞。



