心筋梗塞で倒れて入院中だった歌手安西マリアさんが15日夜、東京都品川区内の病院で死去した。60歳だった。先月20日に自宅で心臓の痛みを訴え、病院に救急搬送され、冠動脈再かん流療法などの集中治療を受けていたが、危篤状態が続いていた。73年のデビュー曲「涙の太陽」で一世を風靡(ふうび)した後、芸能活動から遠ざかっていた時期もあったが、45歳になって再開していた。通夜・葬儀は遺族の意向で密葬の予定。

 関係者によると、安西さんは親族にみとられて静かに息を引き取ったという。先月20日夜に心臓の痛みを訴え、自分で119番通報した。搬送された直後に「急性心筋梗塞」と診断され、意識不明のまま3日間にわたって集中治療を受けた。自力呼吸は維持していたが、予断を許さない状態が続いていた。意識が戻らないまま旅立った。

 安西さんは、78年に所属事務所とのトラブルもあって引退したが、知り合いの芸能関係者からカムバックの誘いを受け、99年から芸能活動を再開。ライブハウスのステージやホテルのディナーショーもこなし、06年にアルバムやシングルを発売。昨年11月には還暦を迎える記念にヌード写真集も発表するなどマイペースの活動を楽しんでいた。

 19歳だった73年にアイドル歌手エミー・ジャクソンのヒット曲のカバー「涙の太陽」でデビュー。50万枚以上の売り上げを記録する華々しいデビューだった。抜群のプロポーションを生かした水着姿で雑誌などのグラビアも飾り、セクシーアイドルとしても一時代を築いた。しかし78年に恋愛関係となったマネジャーと失踪騒動を起こし、その後、所属事務所社長が安西さんらに対する暴行や脅迫などの疑いで逮捕され、翌79年に懲役10月(執行猶予3年)の判決が言い渡された。その後、安西さんは芸能界から姿を消した。

 引退後は両親が住むハワイに移住したが、デビュー当時にマネジャーだった芸能プロ社長と83年に結婚。翌84年にハワイで長男を出産したが、結婚生活3年で離婚。両親が住む千葉の実家に身を寄せ、貯金を切り崩してスナックを経営したが3年半で閉店した。認知症の母親を介護しながら子供を育て、はり・きゅうの学校に通った時期もあった。うつ病に悩まされた時期もあったという。

 最近は東京・六本木のライブハウスで定期的にステージに立ったり、過去のヒット曲などを歌う番組に出演するなどしていた。

 ◆安西(あんざい)マリア

 本名・柴崎麻利子(しばさき・まりこ)1953年(昭28)12月16日、東京都生まれ。母方の曽祖父がドイツ人。銀座のクラブに勤めていたところスカウトされ、73年シングル「涙の太陽」で歌手デビュー。同年に日本レコード大賞新人賞受賞。