岸田文雄首相に対し、今年8月ごろからSNS上などで指摘されてきた「増税メガネ」という呼称について、首相が国会質疑の場や記者会見の質問で言及する異例の場面が続いた。これまで取材した複数の政界関係者が、首相自身が「増税メガネ」という呼ばれ方を「快く思っていない」「多分、むかついている」ということを証言していた。だからこそ、そのイメージを払拭(ふっしょく)するために、「減税政策路線」に走り始めてしまったという指摘も、確信を含めた意見をちらほら耳にする。

これまでは、あだ名というのか愛称というのか、名前以外の呼ばれ方をする政治家は、その呼称の浸透度にかかわらず、少なくなかった。1990年代以降、例えば首相でいえば、旧熊本藩主細川家第18代当主の細川護熙氏は「殿」と呼ばれ、自社さきがけ政権で首相となった村山富市氏は「トンちゃん」、その後を継ぎ、女性人気も高かった橋本龍太郎氏は「橋龍(はしりゅう)」といった具合に。森喜朗氏は、首相当時の存在感の薄さを皮肉られ、名前の音読み「しんきろう」と呼ばれ、旧民主党政権の菅直人氏は、気性から「イラ菅」と呼ばれた。名前に結びつかなくても、小泉純一郎氏は髪形から「ライオン宰相」、野田佳彦氏は自らを演説で例えた際の「ドジョウ」など。田中角栄氏は今も「角さん」と呼ばれている。親しみやすさを込めた呼称がほとんどだ。

そう考えると、名前でもなく親しみやすさでもない「増税メガネ」という呼称の珍しさ、異例さを実感する。

岸田首相に対するネガティブな呼称に似た、呼ばれ方をされた首相がいる。小渕恵三氏だ。「恒久減税」のあり方をめぐる発言がぶれて、参院選に負けた橋本氏の退陣に伴う1998年7月の自民党総裁選に出馬した際、米紙ニューヨーク・タイムズに「冷めたピザのように生気に欠ける」と酷評され、それ以降「冷めたピザ」というフレーズが代名詞のようになった。

ピザは熱々のものを食べるのがおいしいわけで、「おいしくない」といわれたようなもの。当時、小渕氏もこの言葉をかなり気にしていたと聞いた。総裁選の出馬会見でこのフレーズに触れた質問に、小渕氏は「冷めたピザも、レンジに入れれば温まる」と反論。張り込み中の番記者に秘書を通じて温かいピザを振る舞ったエピソードも残る。

小渕氏も「経済再生内閣」をうたって内閣を発足させたが、就任直後に当時の株価が12年ぶりに1万4000円を割り込み、就任1カ月後の株価下落率が14%を超えて歴代首相でワースト1位に。10月には株価がバブル崩壊後最安値を更新するなど苦難続きだった。

それでも小渕氏は、めげなかったというか、視察先でカブを手にして「カブ(株)上がれ~」というパフォーマンスをしたこともあった。「冷めたピザ」評を逆手にとり、ピザを手にしてにんまりした表情で米タイム誌の表紙を飾ったことも。自ら、ボキャブラリーが貧困ということを「ボキャ貧」と口にしてこれも代名詞になった。国民の気持ちや世間の状況を知りたいと、さまざまな立場の人に直接電話をかけまくり、これは「ブッチホン」と呼ばれた。「冷めたピザ」は新語・流行語大賞の1998年トップテン、「ブッチホン」は1999年の年間大賞の1つに選ばれたほどだった。

小渕氏への呼称もすべてがポジティブな内容ではなかったが、人柄なのか、したたかさも含んだ切り返し方の妙なのか、ネガティブさだけで終わらなかった部分があった。結果的に首相就任1年直前のタイミングで、株価は1年10月ぶりに1万8500円台に回復。発足当時2割台だった支持率も、上向きモードに変わった。

岸田首相は2日の会見で、増税メガネという呼称について「どんなふうに呼ばれても構わないと思っている」と反論し「自分が信じることについて決断、実行する姿勢はこれからも大事にしたい」と主張した。ただ、首相が必要だと訴える「国民への還元策」に納得の声が広がっているとは、2日の記者会見を経てもどうしても思えない、国民の疑問が払拭(ふっしょく)されない中、「自分が信じた」ことに意固地になっているような印象も受けた。

ネガティブな自身への見方を、硬軟さまざまな方策を駆使しながら払いのけようとした小渕氏の姿とは、ちょっと違うようにも感じる。小渕氏が首相の時と今では経済情勢も取るべき政策も違うのは当然としても、小渕氏のような「ピンチをチャンスに変える」ような事態打開への柔軟さが、今の岸田首相には感じられない。【中山知子】(ニッカンスポーツ・コム/社会コラム「取材備忘録」)