岩手県二戸市の日本酒の老舗酒造「南部美人」が、蒸留酒のジンとウオッカの製造に乗り出した。同社では新型コロナウイルス感染症への対応で4月からアルコール消毒液の生産を始めたが、同様の製造方法を用いて蒸留する。ジンは市の特産品である漆で香り付けし、ウオッカは久慈市の白樺の活性炭でろ過する。

コロナ禍で日本酒の売り上げが落ち込む中、医療現場の声などを聞き、消毒液の製造を開始した。日本酒と製法が違う消毒液は全くの新しい試みだった。設備投資の負担も大きく、消毒液だけでは採算が合わないという問題もあったが、農林水産省からの補助金が製造への後押しとなった。幸いなことに、社内にスピリッツ類に精通している杜氏(とうじ)もいた。

酒米の大量な破棄を避けるため、新しいお酒のベースは酒米にした。ジンは原料に「ジュニパーベリー」と呼ばれる杜松(ねず)の実を用いる。他に、果実やハーブなど数種類の原材料で香り付けを行う。久慈浩介社長(48)は「漆を原料に使用することは誰もやったことがない。やってみないとわからない。ただ間違いなく、森林浴のようなほのかな森の香りを味わうことができるだろう」と自信をのぞかせた。二戸市の漆は、日本一の生産量を誇り、文化庁の日本遺産にも認定されている。漆は肌がかぶれるなどの人体への影響が懸念されるが、香りのみを抽出する製造工程では起こり得ないという。

ウオッカを製造する際にろ過に用いる白樺の炭は、久慈市が生産量日本一だ。朽ちた白樺を活性炭にすることで、持続可能な森づくりにもつながる。久慈社長は「岩手の森を守るウオッカに挑戦していきたい」と意気込んだ。

クラフトジンとクラフトウオッカは、来年3月に発売予定。正式名称は現在確定していない。久慈社長が「南部美GIN」というダジャレを交えた名称を候補に挙げたが社員に却下されたという。老舗酒造の奮闘はこれからも続いていく。【沢田直人】

○…久慈社長はアルコール消毒液作りへの思いも明かした。医療現場や医療的ケアが必要な児童の保護者の話を聞いたことがきっかけとなったという。「私たちは防護服もマスクも作れないが、アルコール消毒液なら作ることができる。医療的ケア児の保護者は常に介護なんです。アルコールがなくてお店に並ぶというようなことはさせたくない」と話した。今後もアルコール消毒液を絶えず作り続けていくという。

○…岩手県で大正から続く蔵元「世嬉の一(せきのいち)酒造」では、新型コロナウイルスの影響で消毒液が足りなくなったことから、自社のビールを蒸留し、アルコール消毒液を作った。消毒液製造の際、減圧蒸留機を使用し低温で蒸留させ、香りを引き立たせる技術を習得。その技術を使用し「飲む香水」と言われるほど香りに特徴があるクラフトジン「清庵-SEIAN-」を製造・販売している。