第8期叡王戦5番勝負第4局(28日、岩手県宮古市「浄土ケ浜パークホテル」)で菅井竜也八段(31)を下して3連覇を果たした藤井聡太叡王(竜王・王位・棋王・王将・棋聖=20)が、一夜明けた29日、同市の三陸鉄道宮古駅で「一日駅長」を務めた。

戦闘服である和服から、制服、帽子、名札などを着けて「鉄道員(ぽっぽや)」へと仲間入りした。「最高の鉄分補給」で、31日からの2日制で長野県高山村で始まる名人戦7番勝負第5局での、史上最年少の名人と7冠の獲得に向けて「出発進行」だ。

自然と笑みがこぼれた。叡王防衛の喜びに、望外のおもてなしが加わった。「制服もズボンまで一式用意していただいて、ここまで本格的とは思わず、うれしかったです」。

最初に車両基地へと案内されると、車輪とブレーキの位置などをのぞき込む。「車両の重さは33トン。お客様が乗ると40トン。これを毎日運行しています」といった三鉄社員の説明に、熱心に耳を傾けた。敬礼の場面では、指を伸ばすよう指導されると笑顔で応じた。

目の色が変わったのは、車両の運転台に座ったときだ。自宅で「トレインシミュレーター」を楽しんではいるが、線路を往復100メートルほど走らせた。「実際の車両でとは思わず、運転免許を持っていないのにいいのかなあと思いました」。笑いながら話すと、周囲もつられて笑った。

宮古駅に移動した後は、「一日駅長」任命式で辞令を交付された。午前10時30分発の釜石方面行きの発車ベルが鳴ると、右手を高々と上げる出発合図で、車両を見送った。

もともと、2年ほど前に三陸鉄道のマークの入ったマスクで対局していたのを、同社関係者が見つけた。「鉄道好きで、三陸鉄道のファン」との情報を得た。宮古市での叡王戦開催が決まると日程を調整してもらい、実現した。

藤井駅長は、「素晴らしい体験をしました。三陸鉄道は12年前の東日本大震災の時にいち早く車両を走らせ、三陸復興の象徴になっています」と思いを述べた。こうして招かれるのは、タイトル保持者ならでは。趣味を生かした「うれしい盤外戦」の次は、盤上での偉業に挑戦する。【赤塚辰浩】