創業明治33年の歴史を持ちながら今年3月いっぱいで閉店した桜木町駅のそば店「川村屋」が9月1日、同じ場所で半年ぶりに営業を再開した。午前7時30分の開店時には19人の熱心なファンが行列をつくり「うまい駅そば」の復活を喜んだ。店の周囲では携帯電話のカメラ機能で撮影する人のあとが絶たなかった。店が開店していることに驚いた人は「やっべえよ、川村屋が開いてるよ、やったぜー」と電話で知らせるなどの情景があちらこちらで見られた。
ふわ~んとした鼻の奥をくすぐる風味が店内に充満した。いつもの川村屋の香りだ。午前7時30分、自動ドアが開き、7代目店主の加々本愛子さん(31)が「いらっしゃいませ、川村屋、開店です」とペコリと頭を下げた。行列が静かに動いてダシの香りに導かれるように店内に入っていった。
「いやぁ~、これこれ、って感じです。うまかった」と復活して1杯目のそばを食べた管野智啓(かんの・ともひろ)さん(53)はニッコリ笑った。実家が福島県で大学は大阪市、1993年から横浜市で働くようになって、知り合いのいない環境下で救ってくれたのは川村屋のそばだった。「閉店してからずっと店前を通っていて、8月に営業再開の張り紙を見つけたときは、本当に良かったなぁ~、って」と管野さんは目尻を下げた。
日本初の鉄道「陸(おか)蒸気」の終着駅「横浜停車場」に洋食店として1900年に開店した。そばをメニュー化したのは1969年から。そば店としても54年の歴史をつむいできた。
開店を待つ行列の先頭に並んだ武田功大(かちとも)さん(82)は券売機でちょっと手間取って注文したてんぷらそばを手に取ったのは2番目だった。武田さんは朝4時に起きて弘明寺から市営地下鉄に乗って桜木町で下車してみなとみらい地区をゆっくり歩いて横浜駅東口をゴールにする早朝散歩が日課。この日は川村屋の営業再開に合わせて6時半に着いて行列の先頭をゲットした。「3月31日の閉店のときもきたの。もう生きているうちには味わえないなぁ、残念だなぁ、と思っていたら…いいことはあるよね」と大好きな天ぷらそばを食べ終えた武田さんは「じゃ、(横浜駅)東口まで歩いてくるよ」と軽やかな足どりで雑踏の中に吸い込まれていった。
「困っていたんですよ。だって、この半年間、満足のいく立ち食いそばに出会えてなかったから」と口をとんがらせていたのは小林弘一さん(57)で、隣駅の関内に住んでいて、立ち寄るそば店が発見できずにストレスを感じていたという。「このダシですよ、ダシ。これで安心できます。本当によかった」と店を出てすぐのレンガでできた花壇のへりに座って味を思い起こして目をつぶって反すうしていた。
横浜線に乗って自宅のある十日市場から駆け付けた伊藤大貴(ひろたか)さん(34)は、3月31日の閉店の日は開店前の行列の先頭だった。「今日は6番目ですが、そんなのはいいんです。社会人になって10年。ずっど食べてきたそば。もうダシが抜群なんです。次、どこで食べようかな、って…その悩みも今日で解消しました」と話し、毎回選ぶいか天をのせて満足した表情をみせていた。
名物のとりにくそばは390円だったが40円値上げして430円になった。「値上げ? そんなのどうでもいいの。川村屋で食べられることがうれしいのよ」と「名前はごめんね」という男性は「だってさぁ、横浜の顔でしょ? ありがたいねぇ」とかみしめるようにそばをすすっていた。
開店から30分ほどして、自転車でサーとやってきた男性は外に出された臨時のテーブルでさっと食べて、また自転車で帰っていった。帰り際に「どうでした?」と聞くと「あって当たり前の味でした」とウインクして走り去っていった。
おかえりなさい--桜木町駅のいつもの場所に川村屋が帰ってきた。【寺沢卓】

