12年たった今も破られていない“不滅の日本レコード”だ。歴史的一戦の秘話を明かす連載「G1ヒストリア」。今回はトーセンジョーダンが制した11年の天皇賞・秋をプレーバックする。イタリアのニコラ・ピンナ騎手を背に、ウオッカのコースレコードを1秒1も更新する1分56秒1で走破。衝撃Vの裏には、道中で聞こえた「グッドペース」のひと言があった。池江泰寿調教師(54)が回想する。

11年の天皇賞秋を制し、ガッツポーズで喜ぶピンナ騎手とトーセンジョーダン
11年の天皇賞秋を制し、ガッツポーズで喜ぶピンナ騎手とトーセンジョーダン

冗談じゃない。府中のターフビジョンに見慣れない数字が映し出された。「1561」。どよめく9万人超。直立でほえるイタリアン。7番人気のトーセンジョーダンが、衝撃の速度で2000メートルを駆け抜けた。

その1分半ほど前にピンナ騎手は“天の声”を耳にしたという。立てていた作戦は持久力を生かす先行策。だが、序盤で流れに乗れず、後方で慌てた。焦って手綱をしごく横で、ある騎手の言葉が聞こえた。

「グッドペース」

頭を冷やした。はるか前方で逃げるのはシルポート。なんと前半1000メートルを56秒5で飛ばしていた。スタンドにいた池江師が当時を振り返る。

「長くいい脚が持ち味だから先行しようと出して行っていた。あれで冷静になって腹をくくったみたい」

鞍上はサッカー大国イタリアで16歳以下の代表に選ばれたほどの身体能力の持ち主。ただ、まだ23歳と若く、G1も未勝利だった。もし、あの声が聞こえなければ、先行にこだわったままだったかもしれない。超ハイペースで温存した持久力が生き、究極の高速決着を差し切ってみせた。

驚異のレコードにトレーナーは「目を疑うような数字」としながらも「ペースが速かったから生まれた数字だと思う」と冷静に受け止めた。それ以上に胸を占めた感情がある。「セレクトセールでほれ込んだ馬にG1を勝たせてもらった。当時の自分からしたら、おとぎ話のようなこと」。1歳時のセールで見初めたが、落札された当初は管理予定ではなかったという。島川オーナーから託されたのは翌年。裂蹄に悩まされながらも5歳秋でついに素質を開花させた。

第144回天皇賞・秋 成績
第144回天皇賞・秋 成績

親子2代の雪辱も果たした。競馬学校卒業時の冊子に書いた思い出のレースは「平成3年の天皇賞・秋」。父泰郎調教師(当時)の手がけたメジロマックイーンが、1位入線しながら18着に降着した一戦だ。それから20年。「池江家の執念みたいなものもあった」。今も残るスーパーレコードは、さまざまな思いとともに語り継がれていく。【太田尚樹】

◆トーセンジョーダン 2006年2月4日、ノーザンファーム(北海道早来町)生産。父ジャングルポケット、母エヴリウィスパー(母父ノーザンテースト)。牡、鹿毛。馬主は島川隆哉氏。07年セレクトセールにて1億7000万円(税抜き)で落札。通算成績は30戦9勝。重賞4勝、うちG11勝。総収得賞金7億506万円。引退後は種牡馬入りして現在はエスティファームで繋養(けいよう)中。主な産駒は今年のダイヤモンドS3着馬シルブロンなど。