佐賀競馬場で2月11日(日)に、2024佐賀競馬引退競走馬支援推進デーとして「引退競走馬サミット」が行われる。引退した競走馬がよりよい余生を過ごせるよう、私たちが取り組めることを考える機会とし、引退競走馬支援の活動を知ってもらう機会とする。日刊スポーツではサミットを前に、引退競走馬について考える5回連載を行う。最終回は、認定NPO法人引退馬協会の沼田恭子代表理事に引退競走馬支援の現状や、1頭でも幸せな引退競走馬を増やすために何ができるかを聞いた。

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-引退競走馬の現状はいかがでしょうか

引退馬協会代表理事・沼田氏 1997年からの活動(前身のイグレット軽種馬フォスターペアレントの会)になりますが、当初から比べるとまったく違います。皆さんに引退馬について認知していただいたこと、特に2017年からJRAさんが助成金を出してくださったり、引退馬についての発信をされるようになってから、大きく変わってきたように感じます。

-具体的にどのような変化がありましたか

沼田氏 これまで養老牧場というのは、ボランティア精神なくしてはできないような、愛馬精神があるから続いてこられるようなところがありました。ですが、JRAさんから助成金が下りるようになったことで、預託料をエサ代にと自転車操業的に回ってきた業界が、厩舎を直したり、広げたり、働いている人の人件費が少しプラスになったりと、プラスの方向に費用が使えるようになりました。関わる人の気持ちの中にも前向きさが出てきたのではないかと思います。

-1頭の引退競走馬にかかる費用はどれほどか

沼田氏 病気などで医療費も含まれることを考えると、最低でも月に5~6万かかると想定します。それ×(かける)何年か。重賞を勝った馬だと少し奨励金がプラスされますが、そういうのがまったくない馬だと、すべて自分たちで出さなければなりません。

-引退馬協会のフォスターホース(1頭の馬を多くの人で支える里親制度)の中にはJRAで活躍した馬も多く、ダービー馬も

沼田氏 重賞を勝った馬や種牡馬になった馬も結構たくさんいますが、意外と全部が次の馬生につながっているわけではないので、気にしてあげないと、そこがプツッと切れてしまうというのが現状だと思います。誰かが気にして、この馬を何とかしないとという気持ちがある馬しか、まだ生き残れていないのが現状です。1頭1頭を次のステージにつなげてあげることが、最終的に(競走馬として毎年生産される)7000頭につながるといいなと思ってやっていますが、なかなか道は遠いですね。

-沼田さんは亡くなられたご主人に代わって乗馬クラブを経営されていたそうですが

沼田氏 自分が経営者になるまで、乗馬クラブの馬が引退したあとにどうなるか、競走馬が引退したあとにどうなるかなんて、考えたことがありませんでした。自分が経営者になって、ちゃんと技術がないと馬を生かしていけないこともあり、自分も未熟だから乗馬クラブで駄目な馬が出てきた時に…、駄目な馬とは人をケガさせたり、乗馬として向かなくなった馬のことですが、処分しなくてはいけなくなり、それが3頭くらいあった時に、これはすごく厳しい世界だと初めて知りました。それから今の引退馬協会の元になるものを作りましたが、その時から、乗馬クラブから馬を出すということはやっていません。やらないということは乗馬クラブの経営を圧迫することだと分かっていましたが、もうできないと思ってやってこなかったです。「今日もどこかで馬は生まれる」という映画の中で、いろんな関係者がインタビューされているんですが、みんな諦めているのかなと思って…。引退したらどうなるかなんて考えたら身が持たない。諦めないとやっていけない世界だなと、改めて身に染みました。

-1頭でも幸せな引退競走馬を増やすために、どんなことができますか

沼田氏 今は、競馬を見たことがない人も引退馬を知っている時代になってきました。先日も乗馬クラブで、近くの小学生を集めて総合学習の中で引退馬の話をしましたが、引退馬がどんな役割をしているのかを知ることはすごく大切なことだと思います。今は乗馬くらいしか引退馬の仕事はないように感じていますが、乗馬だけでなく、居ることで彼らが役に立つことはいっぱいあると思うんです。見ているだけで、触るだけで癒やされる存在でもあるので、全国で引退馬と触れあえる場所ができたり、引退馬が生きていくための形を作らなくてはなりません。そういうことができる仕事を増やしていけたらと思います。そうでもしないと7000頭すべてを生かすことは難しいです。先ほどの話に戻りますが、乗馬クラブを訪れた小学生たちは馬の大きさに驚いて、ものすごく興味をもってくれます。馬とのふれあいを子どもの頃から身近にすることで、将来も馬を身近に感じられる存在になっていけたらいいですね。全国の子どもたちが小学生の頃に1回でも引退馬に触れることができたら、将来、馬に対する気持ちが変わってくると思うんです。

-馬が人間に与える効果や、馬の魅力を改めて教えてください

沼田氏 馬には「ミラー現象」があるといわれています。人間の心がうつり、イライラした人が馬をさわると馬も落ち着かなくなったりとか。これはまったく本当だと思います。以前は馬といると気持ちが優しくなるとか、かわいいとか思っていましたが、最近は馬の不思議な能力の幅広さって計り知れないなと感じていて、もっと馬を知りたいなと思わされます。

-競馬サークルが引退競走馬にできることとは

沼田氏 最近、馬の寿命がすごく伸びています。昨年に亡くなりましたが、うちにいたナイスネイチャも35歳まで生きました。35歳というのは、あり得ないくらい長いです。何十年か前、20歳を過ぎたらもう寿命かなと思っていた時代から考えると、10年くらい寿命が延びています。それを考えると、もう少し競走馬として生きる時間が長くてもいいのではないかと。早い馬だと2、3歳で引退する馬もいますが、もう少し大切に使ってあげることができれば…。ゆっくり使って、ある程度年齢が上になった馬のために高齢馬のレースを作るとかはどうでしょうか。7、8歳限定とか10歳以上のレースとか、佐賀競馬こそやってほしいです。そんなレースがあると佐賀競馬場にもファンが来てくれるかもしれません。今は10歳くらいで走る馬もいますし、もし目いっぱい走らせるのがどうかというのであれば、速歩でレースをするとか(笑い)。あまり体に負担のかからないレースを考えて、安心して見られる競馬を作ることで、新しいファンを獲得できるかもしれません。

-ウマ娘人気の効果も感じられますか

沼田氏 昨年はナイスネイチャが35歳を迎え、長生きに喜んでのバースデードネーション(※)という感じでしたが、多くの方に来年も寄付したいから元気でいてねというメッセージをいただきました。ウマ娘から生きている馬を想像して、引退馬の支援に結びついているのは大きかったです。ドネーションがあったおかげで、今年は25頭が新たなステージに立つことができています。以前は、引退馬に興味を持ってくださるのは競馬ファンや40~50代の女性が多かったように思いますが、ウマ娘の人気によって20~30代の方も結構ドネーションに参入していただきました。新しい方々が入ってきたとすごく感じますし、純粋にうれしいです。

 

※ドネーションとは寄贈する、寄付する。バースデードネーションは、誰かへの誕生日プレンゼントの代わりにその人が支援する団体に寄付をお願いするキャンペーン。ナイスネイチャは引退馬協会の“広報部長”として、誕生日に合わせて引退馬を生かすための社会的課題に取り組む寄付を募ってきた。23年は7402万2066円が集まった。