頚城酒造/上越市
「食事の中で輝けるきれいな味わいの酒を目指しています」(八木崇博社長)

 パラグライダーのフライト地があることで知られる上越市の尾神岳。標高757メートルの山の柿崎側中腹に豊富に湧く大出口泉水は、平成の名水百選に選定される地域の宝だ。にもかかわらず、この水の存在は地元でもあまり知られず発信力も弱い。さらに水が湧き出る中山間地は限界集落化し、棚田存続の危機にも直面している。

 1697年(元禄10)に創業し、1936年(昭和11)に柿崎の地に移ってから80季酒を醸し続ける頚城酒造。創業家として18代目となる八木崇博社長が選んだ今回の一本は、この大出口泉水の水で仕込んだ「久比岐 和希水 純米」。酒米の越淡麗は大出口泉水が流れる棚田で100%栽培している。

 栽培するのは若手農家8人でつくる「柿崎を食べる会」。この酒は、名水と、名水で育まれた酒米を使っているという単純な酒ではない。「地酒蔵の存在価値は、地域にとって必要かどうか」という八木社長にとって、存在意義のある蔵になるためのひとつのチャレンジなのだ。

 地域の宝である良質な水を守るためには中山間地の農業を守る必要がある、という思いのもと、柿崎の魅力を発信している「柿崎を食べる会」と蔵元が協働し、2012年(平成24)に「柿崎名水農醸プロジェクト」がスタートした。ここに至るには試行錯誤があった。2010年(平成22)に名水で酒を試醸し、翌年製品化したものは順調に売れたが、根本的な解決にはならなかった。農業をする「人」が地域に入って盛り上げる必要性を実感し、生産者と蔵元が共に取り組むプロジェクトが立ち上がった。

 出来上がった酒は趣旨を理解する地元の酒屋で販売。売り上げの一部を蔵元が棚田保護のために寄付し、名水と棚田を守る循環作りにつながるよう(地元の人に理解の輪が広がるよう)取り組んでいる。

 伝統の頚城杜氏の技を受け継ぐ頚城酒造では、現在でも冬季に蔵人が造りに参加する蔵人制を採用。蔵人には「柿崎を食べる会」のメンバーもいる。米を作る意味から理解する蔵人が醸す酒には、より強いメッセージが込められていることだろう。今季の酒造りへの第1歩である「和希水」の酒米の田植えは、きょう4日、行われる。【高橋真理子】

[2016年6月4日付 日刊スポーツ新潟版掲載]