捕手として歴代最多出場を誇る日刊スポーツ評論家の谷繁元信氏(49)が、父一夫さんが自筆でまとめた「ノムラの考え」を通して、話題の外国人捕手、中日アリエル・マルティネス(24)を評した。

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A4用紙2枚をスコアブックの前に置いて、A・マルティネスの捕手としてのプレーを見た。1年前、父から野村克也さんの著書の要点を父なりに自筆でまとめた「野村語録」が送られてきた。捕手としての大事な考えがまとめられていた。普段は無意識に理解しているつもりでも、字にして読むと改めて感じるものがある。

リードは(1)投手中心(2)相手打者中心(3)状況判断(アウトカウントや走者)が土台とされている。私は(4)に捕手主導を加えて、4つの基本があると考える。A・マルティネスは初回、前日に変化球を中心に3安打した先頭の坂口を直球で打ち取った。データを基にした(2)のリードだ。2回まで続けたが、3回に要所で(4)の捕手主導のリードを出した。2回まで1球しか使わなかった山本のカーブを、3回は8球も投じさせた。村上には2球連続で意識させ、最後は内角直球で完璧に詰まらせた。

出場経験の少ない捕手が(1)(2)に偏るのはありがちだ。だがA・マルティネスは、1軍5試合目にして(4)のリードをしていた。経験の浅い段階で、なかなかできることではない。(4)が4、5割の割合になると打者に対捕手を意識させることができる。投手だけに集中させることなく、意識を分散させることができれば優位な駆け引きに持ち込める。

一方で、野村さんも捕手の必要要素として説いている「観察力」では、この試合では足りない部分も出た。山本は右打者の内角に投げにくそうにしていたが、フルカウントの状況から3度も要求。嶋がボール球をファウルにして助けられた部分もあったが、結果的にはすべて四球となった。

(4)のリードとも言えるが、捕手の仕事は調子の悪い投手を1球でも1アウトでも多く投げさせること。そういう意味では山本の傾向を把握する観察が不足して、4回途中での降板となった。直後の無死一、三塁で一ゴロから本塁への送球を受け、三塁走者への挟殺プレーで三塁への追い込みが甘く、結果的に1死二、三塁になった。1死一、二塁に持ち込めたプレーで、細かいミスが直後の同点適時打につながってしまった。

まだ学ぶべきことも多いが、正捕手になる要素は兼ね備えている。キャッチングもハンドリングが柔らかく、足首も柔軟で膝が立たずに腰高にならない。捕逸もあり、フットワークは課題。手から捕りに行く傾向もあるが、それで捕れるのであればいいと思う。

中日は私が監督をやっていたころから正捕手が定まらなかった。木下拓を筆頭に加藤らとの争いになるが、2、3年かけて育てるならA・マルティネスを正捕手にするのはアリだと思う。しかし少し打力があり、目先の勝利のために中途半端に起用するのは安易だ。

本来は外国人枠の兼ね合いもあるが、今年はコロナ禍で枠も増え、従来のシーズンより出られる可能性はある。だが同じレベルでの競争になるのであれば、扇の要を守らせるとなると、目をつむりっぱなしというわけにもいかない。野村さんの考えは奥深く、時々読み返す。「人間的な成長なくして技術的な進歩はない」とも言う。A・マルティネスとの接点がなく、人柄は分からない。投手に理解してもらうためのコミュニケーションを含めて成長すれば、正捕手が見えてくる。(日刊スポーツ評論家)

本紙評論家の谷繁氏が父一夫さんから送られた野村語録の要約
本紙評論家の谷繁氏が父一夫さんから送られた野村語録の要約