2003年(平15)の福岡ダイエーホークス売却案に端を発した球界再編問題を掘り下げる。04年9月18、19日に「ストライキによるプロ野球公式戦中止」という事態が起こるほど、平成中期の球界は揺れた。それぞれの立場での深謀が激しくクロスし、大きなうねりを生む。

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球界が激動にさらされる中、コミッショナーの根来泰周(13年に死去)は積極的に動かなかった。

2004年(平16)2月に前任者の川島広守からコミッショナー職を受け継いだ。巨人オーナーの渡辺恒雄とじっこんだった川島の任期は3月までだったが、前倒しになった辞任は「健康上の問題」という理由だった。

新コミッショナーとなった根来は当時、公正取引委員会を定年退官して2年がたった70歳。法務省事務次官を歴任、東京高等検察庁検事長、検察NO・2だった。

根来にとっての誤算は、再編の動きがあまりに性急だったことだろう。7月に近鉄とオリックスの統合が了承されても、選手会は1年間の凍結を訴え続けた。

8月に入ると、平行線をたどっていた労使の対決色は一層、濃さを増した。同12日、ついに選手会はNPB(日本プロ野球機構)にストライキ権を確立したことを通告する。

この間、根来は「わたしは無責任、無権限」と静観し続けた。前職が「法の番人」の根来にとって、最高意思決定機関のオーナー会議におけるコミッショナーの議決への関与の在り方は疑問だった。リーグ存続の危機に直面していながら、プロ野球トップの職責を放棄しているともとられた。

野球協約は、コミッショナーに実質的な権限を与えていないとの受け止めだった。その根来が動いたのが、8月1日付で経営陣に配布した内部文書だ。

労使がお互い不信感を募らせるなか、A4判用紙の右上部に「マル秘」とある“根来文書”で、再編に抵抗する選手会について持論を展開した。

「統合、合併反対を強調するあまり、スト権の行使を言う者もなくはないが、よく考えて発言していただきたい。選手は労働者の一面を持つことを否定するものではないが、事業者の側面が強いうえに経営問題についてのストなどは『違法』であるのみならずその間の選手の報酬の補填(ほてん)をだれがするのか、億の報酬を受けている選手には巨額の補填が必要であろうし、年収数百万円の余裕のない選手にとっては雇用確保の方が重要だろう」(抜粋)。

根来は文中で、選手会のスト権行使を明確に「違法」と断じた。経営者側が選手会に損害賠償を求める発言ができたのは、選手会のストライキを違法と判断した、この“後ろ盾”があったからだろう。

9月16日、NPBと選手会との労使協議が決裂すると、根来は辞意を表明する。権限がないと主張し続けたコミッショナーが、進退をかけてスト回避に動いたのだ。しかし…。(敬称略=つづく)【寺尾博和】

根来泰周さん(04年2月撮影)
根来泰周さん(04年2月撮影)