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野球の国から 平成野球史

長期連載「野球の国から」の新シリーズ「平成野球史」を、新元号となる来年5月まで送ります。時代を変えた野球人、時代を彩った名勝負、時代を揺るがした事件。「平成」を深掘りして考察します。

新着コラム

球宴サイクル安打と1試合4本塁打を報じた日刊スポーツ紙面を手にする古田氏

古田敦也は今、グラウンドの外から野球の魅力を伝えている。選手会長として体を張って、12球団を守ってから14年。球界は少しずつ構造改革が進んだ。巨人戦のテレビ放映権頼みの経営から、おらがチ…[]

07年9月、ヤクルト古田兼任監督は退任会見で号泣する

古田敦也は2006年(平18)、ヤクルトの選手兼任監督となった。恩師の南海野村克也監督以来、29年ぶりの兼任監督。まず取り組んだのは、ファンサービスだった。球界再編問題に奔走した経験を生…[]

04年9月、労使交渉を終え、合意文書を取り交わすプロ野球選手会の古田会長(右)とロッテ瀬戸山球団代表

04年9月17日の深夜。古田敦也は泣いた。フジテレビ「すぽると」に生出演し、ハンカチを握りしめながら涙をこぼした。10時間に及ぶ経営者側との話し合いが決裂し、長い球史で初めてストライキが…[]

04年7月、臨時大会に出席したヤクルト古田労組プロ野球選手会会長

捕手として不世出の足跡を残した古田。もう1つ、球界を守り、次代につなげるという大きな役割を果たしている。◇◇◇ヤクルト古田敦也は、1998年(平10)に広島正田耕三の後を継ぎ、第4代労組…[]

03年1月、自主トレのためハワイに出発するヤクルト古田(右)と高津

ヤクルトの高津臣吾2軍監督(49)は、公私で古田と最も深い絆を培った野球人だ。3学年下で入団は1年遅れだが「雰囲気、性格、生活スタイル、B型同士とウマがあった」。遠征先の食事、自主トレや…[]





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福良監督「全部自分の責任」4年連続負け越し決定
福良監督「全部自分の責任」4年連続負け越し決定 [記事へ]





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