この男が宜野座に登場すると、周囲のムードが変わる。江夏豊。言わずと知れた阪神、球界のレジェンドだ。テレビ大阪の解説者としての仕事だったが虎番記者たちの質問にも気さくに答えるのが常だ。

聞きたいのは藤浪晋太郎についてだ。左腕エースとして甲子園、阪神のマウンドを守った男がエース候補として期待されながら苦しむ若者を今はどう見る。毎年の恒例行事だ。

もっとも江夏だけではない。知り合いの記者が面白いことを言った。「少しでも野球を知っている、野球に興味があるおっちゃん連中は全員、何か言いたい、何かをアドバイスしたい、そういう気にさせる存在なんです。藤浪という投手は」。こちらの考えていることをシンプルに表現した。

もっと上から腕を振れば? インステップに戻したらどうだろう。ボールを離すポイントだけを練習すればいいのでは…などなど。いくらでも出てくるはず。読者にも思い当たるフシがあるのではないか。

そんな藤浪はこの日の楽天戦に登板。結果は虎番記者の記事で読んでもらうとして、正直、いまひとつの結果だった。そこを江夏氏に聞くと「彼は機嫌よくやってんのか?」と返した。

根性野球の時代に育ってきたはずの江夏だが藤浪には以前から当世風の「楽しさ」を求めている。16年のキャンプで臨時コーチを務めた頃からそうだった。

「野球は楽しくやるものだから。彼は思い詰めるとどんどん入っていくタイプだし、楽しくやれば前進するんじゃないか。投手は投げる人。投げることが苦痛なのはよくない。打者を詰まらせたり、凡打に打ち取ったするとどれだけ気分がいいか。ざまあみろ! と思うんだから」

もちろん藤浪の復活が、愛してやまない阪神の躍進にもつながると信じているからこその意見だ。「彼が主力投手の1人で回ればタイガースの投手陣も絶対によくなるんだから。投手力を含めた守りが野球の基本。まして甲子園の球場は広いんだからね」。

江夏ほどの存在にしても何か言いたくなるのが藤浪の藤浪たるゆえん。もっとも藤浪自身にすれば、そこがつらいところなのだろうが、それが存在感というものだ。注目されないところでスーッと成功するより、もがいて苦しんで、どうや! 見たか! となる方がいい。そういう藤浪の姿をみんなが待っているのだ。(敬称略)