雨の中、行われたすてきな引退試合だったと思う。引退を決めた広島の石原慶幸は好きな選手だ。かなり前のことだが、ある酒席で偶然、顔を合わせた。

こちらがともに出掛けていた選手、石原が同行していた選手たちは全員、高額所得者。会話の中、ズバリおカネの話も出た。こちらは勤め人。ついていけない話題に隣にいた石原に「すごいな~。石原くんは年俸ナンボ?」とぶしつけなことを聞いてしまった。

「2000万円です」。少しはにかみながら正直に答える様子がほほ笑ましかった。それから年月をかけて一流の仲間入りをし、広島の3連覇にも貢献。派手さこそなかったけれど立派なプロ生活だったと思う。

寂しくも誇らしい引退試合の影で何人もの選手がひっそり現役生活を終えていくのも事実だ。連日、各球団で戦力外通告が行われている。ドラフトで指名されて、入団会見のひな壇に並ぶ。緊張しつつ、紅潮した表情をするのはすべての選手に共通することだ。

しかし最後というか現役の終わり方、去り際は選手によって、まったく違うものだ。石原のように引退試合を設定してもらい、拍手と声援で送られるのはほんのひと握り。それも避けられない現実だ。

「みんな、終わって初めて気付くんだよな。辞めざるを得なくなってからな。ああ、もっと一生懸命やっとけばよかった、もっと努力しとけばよかったってな。でも、そのときはもう遅いんや。早くそのことに気付かないとダメだ」

闘将・星野仙一がよく話していた。選手、監督はもちろんフロントとして長くプロ野球にかかわっていた人物の重い言葉だと思う。星野はすでにこの世にいないけれど「野球だけではない」と自戒を込めて聞いた記憶が残っている。

新型コロナの影響で異例の展開になったシーズンも残りわずかだ。満足いくシーズンだったと思える選手は数えるほどだろう。ほとんどが「もっとできたはず」と感じていると思う。それも当然で、そう思わなければ辞めるしかない。

来季のシーズンがどういう状況になるかは分からない。しかし心身とも「いつでも来い」という状況にまで自分自身を持っていくことが何よりも重要だろうし、そこへの戦いはすでに始まっているということだ。将来、ファンや仲間に送られる引退試合を実現するためにも。(敬称略)【高原寿夫】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「虎だ虎だ虎になれ!」)

広島対阪神 引退セレモニーで場内1周しファンにあいさつする石原慶(撮影・清水貴仁)
広島対阪神 引退セレモニーで場内1周しファンにあいさつする石原慶(撮影・清水貴仁)