元阪神で台湾プロ野球・中信兄弟の林威助2軍監督(39)が就任1年目の昨季を振り返った。阪神在籍11年の経験を生かし、初体験の監督業でシーズン優勝に導いた。かつてのスラッガーが重点的に改革するのは意外にも投手力だ。20年には東京オリンピック(五輪)があり、侍ジャパンの敵を育てる立場にある。母国の野球発展にかける思いをWeb版「旬なハナシ!」2回連載でお届けする。【取材・構成=酒井俊作】

   ◇   ◇   ◇

林威助とは1年ぶりの再会だった。阪神や台湾でプレーした姿を取材し続け、同い年で誕生日も近い。間もなく不惑を迎えようというのに、まるで年輪を感じさせない。「阪神はどうなん?」「鳴尾浜は選手、来てるの?」。心憎いまでの爽やかな笑み、物腰の柔らかさも相変わらずだ。39歳での監督就任。その歩みを知りたくて話を聞いた。

 

仏は鬼になった。中信兄弟の2軍監督就任当初、現役でともにプレーした若い同僚に「球場に入ったら俺は違う。厳しくやるよ」と言い放ち、さらに告げた。「今年は練習量だけは増やす。量をこなす」。決して練習量が多くない台湾に日本式を組み込む改革だ。キャンプは早朝6時半から特守。シーズン中は試合後に打ち込み、午後8時ごろまでバットを振る。17年になかったメニューだった。

林には誰にもない「物差し」がある。台湾から福岡・柳川に野球留学。近大をへて02年ドラフト7位で阪神に入団した。07年に打率2割9分2厘、15本塁打と活躍。故障、2軍暮らし、戦力外通告…。ジェットコースターのような阪神での11年間が指導者の下地になっている。意外にも、もっとも強化したいのは投手だという。かつての長距離砲の印象からはつかみにくい理由がある。

「台湾で4年プレーして分かったことは投手のレベルが野手に比べて低い。4割打者はいるけど打つ方が上で投手が伸びていない。いい投手でも最初、抑えても急に5点取られたり…」

打席に立って痛感したという。球のキレ、重さ…。「球の伸びがない投手が多い。同じ140キロでも日本はビュッと来て、台湾はちょっと垂れる。全然違う。投手がよくなれば打撃も変わる」。投手力の向上が打者のレベルを高める。「この垂れ具合なら少しアッパースイングでも打てる。でも、球のキレがあればバットを最短距離で出さないと前に飛ばない」。投手がスタミナ不足を露呈するシーンはたびたび見られた。イニングを重ねるごとに球威がなくなるケースもあった。走り込みの絶対量を増やし、土台の足腰を鍛える。

技術指導はコーチに委ねつつ、それでも伸び悩む投手には別の角度からアプローチ。阪神の元エースで林が現役時の投手コーチだった藪恵壹に助言を仰いだ。剛腕だが制球難。そんな投手の投球動画を見せて、修正点を聞いた。「技術の細かいところは分からない。強制ではなく、1つの意見としてね。何カ月も成長しないなら、何とかしないといけない」。かつての仲間からヒントを授かった。

余談だが、台湾のコンビニにも野球雑誌が売られている。たびたび表紙を飾るのは大リーグのスター。それだけ、米球界の影響が強く、例えばゴロの捕り方にも表れている。足さばきよりもグラブさばき。ハンドリングが重視され、逆シングルの捕球も目立つ。だが、林はこう指摘する。

「台湾はグラウンドが荒れててよくない。捕れる範囲なら、ちゃんと目の前で捕る。正面で捕る。横で捕ろうとしてイレギュラーバウンドして、はじいたらどうする? 一塁に走者がいたら、ゲッツーになるはずが一、三塁になる。勝ちたいなら、この環境に合う捕り方をしないといけない」

就任1年目から貪欲に勝利を狙った。林は「自分の基準は投手が強くなったときの野球」と言い切る。野望がある。「将来、全体的に台湾のレベルが上がれば日本や韓国と国際試合でいい勝負ができる。オリンピックもあるしね」。大味な野球はいらない。投手強化を重視するのも、ゴロの捕り方にこだわるのも「世界」で戦うためだ。本気で台湾野球を変えようとしている。阪神で育った青年監督は東シナ海の向こうで若者を鍛え、来年に迫る東京五輪を見据える。(敬称略)(続く)