最近、1軍の舞台で輝いた背番号33と言えば、巨人から移籍した大田泰示だ。19年から「5」に変更したため、17~18年のたった2年間だったが、日本ハムに移籍後、持ち前のパワフルな打撃と強肩を生かした守備で外野のレギュラーに定着した。18年球宴では「プラスワン投票」で初選出も、左手第5中手骨の骨折で無念の辞退。それでも、リーグを代表する選手として、広く認められた証しとなった。

懐かしい顔では、札幌市出身の村井英司が最も長い10年間、この番号を背負った。北海高時代にドラフト15位で南海から指名されるも拒否し、社会人の電電北海道でプレー。73年ドラフト4位で日本ハムに入団し、左キラーの捕手、外野手として活躍した。“親分”こと大沢啓二監督の勇退とともに現役を引退するまで、生涯「33」を貫いた。

09年から着けていた矢貫俊之はロングリリーフとしてチームを支え、15年途中に巨人へ移籍。現役引退後は巨人で広報などを担当し、今年5月から3軍投手コーチを務めている。