岡田彰布とサヨナラ勝ちについて書く。現役時代、自ら多くのサヨナラ打を放ってきた。監督になっても、劇的な勝利を経験してきた。最も印象に残るのが2008年の9月のことだ。

このシーズン、スタートから飛び出し、優勝間違いなしと、誰もが信じていた。そしてマジックを減らしながら、一方で巨人の反撃の足音が聞こえてきた9月。甲子園でのヤクルト3連戦だった。この時、打線は底の状態で得点は1回に何とか入るが、その後は沈黙。その頃、岡田の胃は悲鳴を上げていた。眠れぬ夜、キリキリと襲ってくる痛み…。打線の下降線とともに、監督の体調も悪化していった。

ヤクルトとの1戦目。最後は矢野のサヨナラホームランで勝った。2戦目、これも決め手に欠いたが、葛城が押し出し四球を取り、連夜の劇的勝利。そして9月11日の3戦目。勢いが再び出てきたと判断し、岡田は動いた。状態が悪く、2軍にいた今岡を1軍に呼び戻した。そして先発で使った。その今岡が最後に決めた。押し出しの四球を得て、なんと3連戦を3連続サヨナラ勝ちというミラクル。この時、今岡を起用した理由を問われた岡田は「エッ、そんなん、わからへんの?」と岡田語で明かした。

その日、今岡の誕生日だった。この起用法こそ岡田流、岡田のひらめきとされたが、チームにとっては、優勝に向けての再発進。「みんな、最後まであきらめなかったからな」と、その時は表情を崩していた。

次の日だった。岡田と2人きりで話す時間があった。「どう思う? このサヨナラ3連勝を」と聞かれたものだから、率直に「これでまた勢いがつくやろな」と返した。すると首を傾げて「ホンマにそう思う? 正直、オレは違う感情でいる」と意外な心の内を見せた。

次のひと言でわかった。「こんな野球、ウチの野球と違うからな。素直に喜べない連勝なんよ」。当時の阪神の野球は先制して、中押しして、投手陣で守り、逃げ切る。これをずっと守り、首位を快走していた。ところがその形が崩れ、何とかサヨナラ勝ちに持ち込んだものの、戦う形にこだわる岡田は手放しで喜べなかったのだ。

その不安が的中した。阪神は形を取り戻せぬまま、何とか粘ったが、巨人の追い込みを食い止める力は、もう残っていなかった。巨人に食らった大逆転のV逸を振り返るたびに、サヨナラ3連勝のことが思い出される。

今回もサヨナラ勝ちした。4月18日の広島戦。1点差を追う9回裏2死満塁で中野が放ったサヨナラ2点打。同点から決めたのではなく、負けてる状況をひっくり返したところに値打ちがある。岡田は両手を上げて喜んでいた。そして今年は「これで乗っていってくれる」と願った。

だから翌日のゲームが重要だと感じていた。野球には目に見えない要素が勝敗を左右する。それを「流れ」とか「勢い」と表現する。流れと勢いは、無形のもので目には見えない。しかし現場の人間は、それらを非常に大事にする。

サヨナラ勝ちした次の日。4月19日も序盤、もたついた。劇勝の余韻は残る中、打線は湿ったままだった。だが終盤、ついに求めていたつながりが生まれた。ホームランはないが、打線がつながり、久しぶりの6点快勝…。サヨナラ勝ちの流れを失うことなく、ようやく自分たちの野球にもっていけた。

1点を取るのに四苦八苦していた打線が、重い負荷から解放されたように、のびやかに見えた。序盤のピンチはひとまず脱した。そう思っているような岡田の笑顔がテレビに映し出されていた。

負け覚悟から土壇場でうっちゃった18日のゲーム。ここを起点に、これから落ち着きのある打線になるのではないか。1勝は1勝。それでも今回のサヨナラ勝利は1勝以上の価値に思える。序盤の大きなポイントになったことは間違いない。【内匠宏幸】

  (敬称略)