歴史的なシリーズとなった王座戦5番勝負。前人未到の全8冠制覇を達成した藤井聡太竜王(21)と永瀬拓矢九段(31)が集中してひた向きに対局する姿は大きな話題を呼びました。王座戦が始まる前に永瀬九段は藤井竜王に勝つために「人間をやめる」宣言をしました。21日のJT杯準決勝の前日会見で「人間やめる」の「真意」を聞くことができました。

永瀬九段と言えば、後輩棋士を研究会で鍛える姿が、新兵を鍛える鬼軍曹の姿とダブって見えたことから「軍曹」の異名を持ちます。「将棋に才能は必要ない」をモットーに超人的な練習量、連日のように研究会をこなしています。

王座戦5番勝負の前に永瀬九段は「人間だと藤井さんには勝てるとは思えない。人間をやめないと無理ですよ」とコメントしました。人間をやめるほどの練習量をこなし、限界を突破しないと勝てない?

「なんか、勘違いされる方が多かった。人間をやめるというのは、無理をして自分を追い詰めるという意味ではなかった。人間として、追い詰めるという意味ではなく、そっちではなかった」

追い詰めすぎると、逆効果があるといいます。

「自分を追い詰める覚悟は大事だと思いますが、経験上、追い詰めすぎると、50%しか力が出ないと思っている。リラックスというわけでなく、合理的にすることが大事です」

では、「人間をやめる」宣言の真意は?

「藤井さんが実践しているところで(戦う)という意味があった」

藤井8冠の絶妙手はときに「AI超え」とファンをわかせ、プロ棋士をも「人類には思い浮かばない」とうならせます。それは人間の持つ「常識」「固定観念」にとらわれない、柔軟な発想からの「最善手」です。

王座戦前の永瀬九段の「人間だと藤井さんには勝てるとは思えない。人間をやめないと無理ですよ」のコメントには続きがありました。「人間の枠から超えた存在になっていかないと。棋士人生のすべてをかけて頑張りたい」。

常識のブレーキを外すという意味の「人間やめる」宣言でした。

王座戦第4局。永瀬九段は人工知能(AI)の評価値で「勝率99%」まで藤井を追い込みながら負けました。目の前の勝利を逃してしまった絶望を全身で表現するように頭をかきむしり、重ねた両手で額をたたき、天を仰いだ姿はファンの胸を打ちました。その人間らしい姿には、勝負師として生きるすごみがあり、心が揺さぶられました。

第4局の終局後、大盤解説会に登壇した2人に大きな拍手が沸き起こりました。永瀬九段への拍手は藤井竜王よりも、長く、大きかった。

JT杯前日会見。あのシーンを見て、永瀬ファンになった人も多く、ファンから贈られた言葉を問われると「ファンの声は(直接は)耳には届いてないですし、まだ1度も話しかけられたことがない」と苦笑い。それでも「ファンの方が少しでも増えていただけたのであれば、とてもうれしいこと」と感謝しました。

ライバルであり、互いに高め合う2人ですが、棋風は異なります。藤井竜王は相手の得意から逃げず、どんな手にも対応する「横綱将棋」、永瀬は相手の有効な攻めがなくなるまで受け続ける「負けない将棋」。「人間をやめる」には深遠がありました。2人の「人間超え」の戦いは始まっています。【松浦隆司】(ニッカンスポーツ・コム/コラム「ナニワのベテラン走る~ミナミヘキタヘ」)