上方を代表する女性漫才師、今くるよさん(本名・酒井スエ子=さかい・すえこ)が27日、膵(すい)がんのため、大阪市内の病院で亡くなった。

所属の吉本興業が28日、発表した。76歳だった。高校時代の同級生で、15年5月に亡くなった今いくよさんと、70年に島田洋之介・今喜多代に弟子入り。「お嬢ちゃん漫才」とやゆされながらも、懸命に腕を磨き、女流第一人者となった。通夜は5月30日午後7時、葬儀告別式は31日午後1時、大阪市北区天神橋4の6の42「公益社 天神橋会館」で行われる。

   ◇   ◇   ◇

いつも、楽しかった。女同士の友情、絆、そして女の生きざまを教えくれた“人生の師匠”でもあった。

仕事は「コンビでしか受けない」を基本とし、私生活でも2人の仲の良さが芸風のブラッシュアップにつながった。ソフトボール部時代に主将だったいくよさんは面倒見がよく、姉貴的存在。取材時でさえ、くるよさんの腹具合を気にして、記者ともども、食事しながら取材ということもよくあった。絶対的な信頼に結ばれた絶妙な仲だった。

2人はKinKi Kidsファンで、毎年、大阪公演へ記者も一緒に行った。くるよさんが「剛がいい」と言えば、いくよさんは「私、光一君」。逆の時期もあり、あうんの呼吸ですみ分けた。コンビは同じマンションに住み、ともにイケメン好き。結婚を考えた相手もいたが「女性同士は結婚、出産で生活が変わると続けられない」と言い、そろって独身を貫いた。

くるよさんは、09年にNGKの出番中に心筋梗塞で倒れ、冠動脈のバイパス手術を受けた。以降、体重は戻らなかったが「芸人はお客さんから同情されたら終わり」として、ぽっちゃりネタのスタイルは変えず。ふくらんだ衣装を利用し、腹をたたく芸も継続した。

体調を崩しがちだったのはくるよさんの方だった。病気知らずのいくよさんが支え、3月3日に女性芸人を集めて「ひな祭りの会」を開いてきた。皮肉にも、先にいくよさんが亡くなったが、くるよさんはコンビの看板を1人で背負った。

「初めて偉いさんの前で漫才して、確かに下手やったけど、私らの何も見ずに『お嬢ちゃん、もう帰り』って。女でも見返したる」

これが原点。晩年まで仕事のオファーを断ることはほぼなかった。女の意地-かっこいい先輩だった。ありがとうございました。【元吉本担当=村上久美子】