2019年のJリーグが開幕した。待ちに待った国内のサッカーシーズン到来である。昨年はJ1参入プレーオフ(PO)決定戦にまで進出し、11年ぶりのJ1まであと一歩と迫ったのが東京ヴェルディだった。

「東京ヴェルディ1969」。チームの正式名称に入る数字から分かるように、今年で創立50年。歴史的な節目のシーズンの始まりである。2月24日、町田ゼルビアとのJ2開幕戦が町田市陸上競技場で行われた。

昨シーズンの東京Vに触れておくと、J2を6位ギリギリで通過。PO1回戦で大宮アルディージャを後半の決勝点で1-0と下し、続く2回戦では横浜FCを後半アディショナルタイムの決勝点で1-0と破った。どちらもアウェーで引き分ければ敗退となる、厳しい条件の中で“劇的な逆転劇”を演じた。

最終的にジュビロ磐田との決定戦に0-2と敗れ、悲願のJ1復帰はならなかった。チームが見せた快進撃、その裏には「12番目の選手」の存在が大きかったように思う。選手を鼓舞し、選手の闘争心を支え続けた。そんな見えない力がドラマを演出した一因になったであろう。

チームに力を与える12番目の選手とは?

そこで記者席ではなく、サポーターが集う「ゴール裏」からJ2の開幕戦を見つめた。

J2開幕戦でゴール裏から声援を送る東京Vのサポーターたち
J2開幕戦でゴール裏から声援を送る東京Vのサポーターたち

■ゴール裏からの風景

試合開始の1時間前、東京Vのサポーターたちが電光掲示板の裏に集まり、応援歌を歌い、気勢を上げている。「決起です」。大学生の近藤黎(れい)さんが説明してくれた。

リーダーを多くのサポーターが取り囲み、声を張り上げ、跳びはねる。その大きな声量に圧倒される。試合前からボルテージはどんどん上がる。Jリーグ開幕戦は、サポーターたちにとっては「元旦」だ。近藤さんが続ける。

「ヴェルディのゴール裏はアットホームで、小さい子から高齢の方までいる。お互いに名前は知らなくても顔で分かって“今年もよろしくお願いします”って会話が始まるんです。去年は最終節で町田と引き分けに終わり、プレーオフでも最終的に磐田で終わった。今年にかける思いは強い。町田との開幕戦“東京クラシック”は力の入り方が違います」

午後2時4分の試合開始。「オ、オ、オ、オオ、オオー!」。サポーターは一斉に歌いだした。収容人数1万人のスタジアムはほぼ満席(チケット入場者数8814人)。目測だと7割近くがホームの町田ファンで埋まっている。

町田対東京V 前半、改装中のスタンド席を背に懸命にゴールを狙う町田イレブン(撮影・横山健太)
町田対東京V 前半、改装中のスタンド席を背に懸命にゴールを狙う町田イレブン(撮影・横山健太)

開始1分足らず。東京Vのゴール前で混戦になり、町田FW富樫が右足で押し込み、ゴールネットが揺れる。いきなり失点か。目前の東京Vサポーターから「アーッ!」と悲鳴が上がる。しかし、オフサイド判定でのノーゴールに拍手が起きる。

続く3分、再びカウンターから抜け出した富樫がループシュート。これがゴールイン。またもオフサイド判定に救われる。

10分、町田FW中島が鋭い動きからシュート、これはGK上福元がファインセーブでCKへ逃れる。スタンドからは「危ねーっ」の声。同時に好プレーに拍手が起きる。

立ち上がりは一方的にホームの町田が攻め込む。防戦一方の東京Vだが、その後ろのゴール裏から必死に声で支える。その様子はまさに「12番目の選手」であった。

22分、町田ゴール前へ走り込んだMF梶川が浮いたボールを競って相手DF深津と頭をぶつける。ピッチに倒れ込み、動けない梶川に対し、サポーターから「カジカワッ! カジカワッ!」と励ましのコールが起きる。

24分、負傷の梶川に代わり、MF井上が出場。サポーターは井上の応援歌で迎えた。

前半途中から一進一退の攻防。なかなか好機をつくり出せない東京Vだが、サポーターは歌い続けることで選手を鼓舞する。その声に押され、ピッチでは激しく体をぶつけ合い、ボールを巡る戦いが展開された。

0-0で前半が終了、サポーターも小休止だ。近藤さんにあらためて話を聞いた。

「たくさんのリーダーの方がいらっしゃいますが、みんなが団結して、ゴール裏に誰でも来やすいように、いい雰囲気を出している。バックスタンドで見ていた時よりもゴール裏で見ていた方が楽しく見られる。喜びを分かちあえるというか、サポーターをすることの醍醐味(だいごみ)だと思います」

正直なところ、記者席で見るのと違い、ゴール裏だとプレーは分かりづらい。だが、ここでは生の臨場感を楽しみ、プレーはあらためて動画配信などで確認するのだという。

町田対東京V 後半、競り合う東京V・DF李(左)と町田FW中島(撮影・横山健太)
町田対東京V 後半、競り合う東京V・DF李(左)と町田FW中島(撮影・横山健太)

■町田の堅守崩せず

後半が始まった。サポーターに向かってくる形で、東京Vが攻める。「カモン! カモン! カモン! カモン、ヴェルディ!」。太鼓のリズムに乗ってチャントの声が響く。

後半8分、中央でフリーになったFWレアンドロがヘディングシュート。ボールはゴールバーを越える。「惜しーっ!」。サポーターのテンションが上がる。

11分、12分と立て続けにCKを奪う。流れは東京Vか。最後尾の列に白髪の高齢女性たちが並んでいる。掲げた左手を振り「カモン! カモン!」と懸命に声を張り上げる。老若男女が1つになってチームをサポートしている。

17分、均衡を破るべくFW端戸が交代出場する。「オオオッ~、ハナト~ッ」のチャント。人気漫画「ドラゴンボール」のメロディーに乗せて歌った。

その1分後、町田は富樫が左サイドからゴール前へ持ち込み、右足で豪快にシュートを決める。スタジアムは町田のチームカラーの青で揺れる。青い波がスタジアムに浮かび上がったような、美しい光景だった。

1点のビハインド。すかさず東京Vサポーターからは「トーキョー、ヴェルディ!」と励ましのコールが連呼される。まだまだこれからだ。そんなムードをつくった。

21分、左サイドの端戸からのクロスボールをFWネマニャ・コイッチが頭で合わせるも、ゴールの枠を外れる。「アーッ!」。サポーターはこぞって体をのけぞらせ、天を仰いだ。1点が遠い。

37分、DF奈良輪がペナルティーエリア外からこぼれ球を左足で狙うが、大きく枠を外れる。同時に「カモン! カモン!」の声が広がる。続けろ、攻めろ。そんなメッセージが伝わってくる。

アディショナルタイムは4分、途中出場の林が倒されて得たFK。ゴール前への浮き球をDF李が頭で落とすがオフサイドの判定に。町田の堅いディフェンスを崩せず、試合終了のホイッスルが鳴り響く。19年シーズン、東京Vは黒星スタートとなった。

サポーターの前へ歩み寄り、あいさつする選手たちに「前を向けよ!」「次だ、次!」。励ましの声が飛び交った。

町田対東京V 開幕戦を勝利で飾りタッチを交わす町田イレブン(撮影・横山健太)
町田対東京V 開幕戦を勝利で飾りタッチを交わす町田イレブン(撮影・横山健太)

■創設50年に昇格を

今さら説明するまでもないが、東京Vは1993年に始まったJリーグの初代王者でカズやラモスら多くのスター選手が在籍し、人気、実力ともに日本のトップに君臨する名門チームだった。だが次第に成績は下降し、親会社の撤退、川崎市からホームタウンを東京都へ移転。さらに経営難などの紆余(うよ)曲折を経て、ここ10年はJ2が主戦場となっている。かつての名門チーム-。そんな立ち位置だ。

「コールリーダー」としてスタンドの最前列に立ち、応援を率先した嘉納伸吾さん(34)。東京都に移転した01年からサポーターとして応援するようになり、今年で19年目になる。

「93年の開幕したJリーグを小学生で見ていましたが、強いヴェルディがカッコよかったので好きになりました。クラブとしても創立50年という節目の年です。来年からクラブのエンブレムも変更というのもありますので、慣れ親しんだこのエンブレムで、記念する年に(J1へ)昇格という結果をつかみたい」と意気込む。

さらにこう付け加えた。

「ヴェルディを応援するようになってたくさんの仲間ができた。(ゴール裏は)僕の人生を楽しくしてくれる場です。毎週Jリーグがないとつまらない、その中でヴェルディは唯一無二の特別なクラブです」

サポーター団体「ヴェルディスタ」の代表を務めるのは木内瞳吾(とうご)さん(31)。嘉納さんと同じくサポーター歴19年目になる。かつての王者が低迷する姿に我慢ならず「自分で何か力になれないか」と、サポーターになった。

「川崎から東京へ移転して、当初は応援の仕方も違って(団体ごとに)別々に応援していました。お互いに歩み寄って、サポーターも増えている」

13年から代表に就任し、複数存在するサポーター団体間での話し合いや、クラブとの打ち合わせにも参加している。

「みんなが気持ちよく活動できるように気を配っています。僕らはお金を出せないですけど、声を出したり、クラブに協力することで、ヴェルディを一緒につくっている感覚になれる」

町田対東京V 開幕戦に敗れ肩を落とす東京Vイレブン(撮影・横山健太)
町田対東京V 開幕戦に敗れ肩を落とす東京Vイレブン(撮影・横山健太)

■全国に増えるクラブ

全国各地へ足を運び、年間30試合以上を応援するという大学生の岩田遼太郎さん。奇しくも08年の最終節で東京Vが川崎フロンターレに敗れ、J2への降格が決まった試合が初めての観戦だったという。以来、J2で戦うクラブの姿しか見ていない。

「Jリーグの開幕で、自分の日常が戻ってきた。このワクワク感、また自分の知らない世界が見えてくるので」

コアなサポーターだけでなく、Jリーグを見始めたライト層のファンも気持ちよく声援できるよう心掛けているという。なぜサポーターになったのか?

「気付いたら応援していました。好きな理由が見当たらない、気付いたら好きだったので。ヴェルディのない生活は考えられない。小学生の時に(親会社が撤退したことによる資金難で)ヴェルディが消滅するという時があったので、自分の愛したものがなくなるという恐怖を覚えた。僕にとってはなくてはならないものです。あることに日々感謝して応援したいです」

ゴール裏と聞くと、どこかとがったイメージを抱きがちだが実際の雰囲気は違っている。老若男女が和気藹々(あいあい)、家族のような温かさがある。サポーターの声援によって、選手たちの好プレーを引き出し、さまざまな彩りでスタジアムという非日常的空間を作り出している。あらためて「12番目の選手」と呼ばれる意味を感じ入った。

試合が終われば、ゴール裏に掲げた横断幕を手際よく片付け、ゴミを拾う。ワールドカップでも話題になった日本人サポーターのマナーの良さを再認識。27年目のJリーグ、その歴史とともにサポーター文化も成熟している。

今年はヴァンラーレ八戸がJ3に加わり、全国のJクラブ数は55になった。その下にはアマチュアのJFL、地域リーグと続き、全国津々浦々に個性あふれるチームが存在する。そんなクラブの数だけ応援する人がいて、選手のプレーに一喜一憂する。

No soccer,No Life!(サッカーのない人生なんて!)

新たな1年の始まり、今年も多くのドラマが生まれそうだ。

【佐藤隆志】(ニッカンスポーツ・コム/サッカーコラム「サカバカ日誌」)