サカバカ日誌

人件費は神戸の100分の1でもYS横浜の夢広がる

サッカーに夢はあるのか-。J3に所属するYSCC横浜(YS横浜)は、J1の横浜Fマリノス、J2の横浜FCに続く、横浜をホームタウンとする第3のJクラブである。

Jクラブは国内津々浦々に誕生し、今や55クラブにまで増えた。公表されている2018年度クラブ経営情報開示資料によると、YS横浜の営業収益(売上高)は2億500万円でJ3の14チーム中(※昨季JFLのヴァンラーレ八戸を除く)最下位。J1トップのヴィッセル神戸の96億6600万円から見れば47分の1になる。チーム人件費は4400万円と、こちらも首位・神戸(44億7700万円)の100分の1という規模である。

そもそもJ3には、各クラブにプロ契約選手が3人以上という規約しかなく、プロとアマが混在するリーグである。「Jリーグ」とはいえ、カテゴリーでその立ち位置は大きく異なる。YS横浜に夢はあるのか? そう問われたら、夢はある、多くの夢を持った人間が集うクラブだと答える。そんなクラブの一端を紹介したい。

YSCC横浜FW古山蓮
YSCC横浜FW古山蓮

■飛び級4つでJリーガーに

昨季までは神奈川県社会人1部リーグでプレー、そこからカテゴリー4つの飛び級を果たした選手がいる。FW古山蓮(ふるやま・れん)、20歳。優れたボールテクニックにスピード、いわゆる「サッカー小僧系」の選手だ。神奈川・相模原市で育ち、中学から高校まで地元の「FCグラシア相模原」に所属した。いわゆる「J下部」でなければ、強豪校でもない。サッカー好きが集まる、いわゆる街クラブ出身の雑草。そんな中から今季、突然Jリーガーとなった。

「YSCCユースとよく試合をしていて、理事長さん(吉野次郎氏)が自分に目をつけてくれていたみたいで、20歳になって誘ってもらいました」

-もともとプロ志望?

「高校までは目指そうかなと思っていたんですけど、やっぱり自分のいる立場的には難しいのかなと思っていました。本当にいいご縁があったと思います」

-プロ志望ならなぜ、J下部とか強豪校に入るとかの選択をしなかったのですか?

「当時はノビノビとサッカーがしたい、楽しみたいということに観点を置いていました。その流れでプロになれたらいいなと思っていました。中学も高校も自分が中心で、シュートもパスもドリブルも、自由にやらせてもらって。そういうのが今に生きています」

-デビュー戦の時ってどうでした?

「もう緊張して、頭の中が真っ白になりました。プレッシャーと緊張感が強かったです」

-アマとプロのプレーって何が一番違いますか?

「最初の方はスピード感が全然変わったので、付いていくのに必死でした。最近はスピード感に慣れて、試合に絡めるようになったと自分の中では手応えを感じています」

-どういう目標を持ってプレーしているのですか?

「ここからJ2、J1へ上がるために自分ができることをやっていきたい。そうすれば、自分が前にいたチームの関係者とか、小さい子供たちの夢とか、目標になるので」

-ご自身の夢は?

「ヴィッセル神戸の藤本(憲明)選手みたいになることです。アマチュアリーグ(JFL)から上がってきた選手なので(※近大卒業後、佐川印刷SC-佐川印刷京都SC-SP京都FC-鹿児島ユナイテッド-大分トリニータ-神戸)目標の1人にしています」

-将来、日本代表になりたいという気持ちは?

「はい、あります」

今季J3で7試合に出場。9月以降は先発にも名を連ね、出場時間を延ばしている。描く未来はJ1リーガー。その先には日本代表という大きな夢さえ持っている。

YSCC横浜FW安彦考真
YSCC横浜FW安彦考真

■41歳Jリーガーの付加価値

「0円Jリーガー」。こう自らを紹介する選手がいる。FW安彦考真(あびこ・たかまさ)41歳。

昨年、J2水戸ホーリーホックの沖縄キャンプに参加するため「クラウドファンディング」で資金を集め、話題となった。40歳にして初めてJリーガーとなった変わり種は、今季YS横浜とプロ契約。クラブから支払われる年俸は「120円」。ただクラブとは別に、スポーツビジネス事業などを手掛ける企業と個人契約し、競技活動を行う資金を得ている。

神奈川・新磯高校卒業後にブラジルへ渡り、プロサッカー選手を目指した。だが契約には至らず、帰国後は通訳やサッカー指導者などさまざまな仕事をこなしていた。あきらめていた夢への渇望が芽生えた。自らに鞭打ち、一念発起。40歳にして規格外の夢をかなえると、そして今季、41歳にしてJリーグ・デビューを果たした。

その安彦は松葉づえを突いていた。「ヒザをケガしまして。手術はしない方向で、切ると長くなるので。年内には戻りたいです」。

-今季Jリーガーとなって8試合に出場しました。楽しかったですか?

「もう間違いないですね。毎週ピリピリした中に身を置いて、20代のヤツと一緒に戦える。ものすごい高揚感とか、興奮みたいなものがありました。毎日がオーディションのような。いつ外されるか分からない。ボクにしか出せないものは何か? 日々考えている。より(自分の)内側にこう矢印が向いていくので。そういう意味でも自分を掘り下げていく楽しさがあったかな」

-ここまでチャレンジするのはなぜ?

「本田圭佑選手じゃないけど、本業自分でいたい。職業で語りたくない、というか。職業サッカーって考えちゃうと、それはサッカー選手として無理っていうのが出てくるじゃないですか。40代でそれは無理だよって。本業は安彦考真だと。そのバイタリティーってどこにあるの? って言われると、もっともっといろんな人に勇気を与えたいよねっていうのがあるので。そうすると、主戦場としてサッカーが最適です」

-実際に今季開幕戦でプロデビューした時って、どんな気分でしたか?

「高揚感と気持ち良さ。もう俺を見てくれ、っていう。負けていた状態でしたけど、ひっくり返せるんじゃないかなと思ってピッチに入りました」

-8試合に出場していますが、自分のプレーの手応えはどうなのでしょうか?

「あります。去年、水戸で一緒にプレーしていた選手がザスパ(ザスパクサツ群馬)にいますが、対戦すると、去年より動けているんじゃないですか、って言われた。動けている分、無理してしまってケガとかになっている」

-契約形態が話題ですが、どういうことなのでしょうか?

「プロ契約として、ほかの会社から年俸をもらっています。ただ、ボクに対して何か仕事しろというのでなくて“その価値を高めてくれ”と。その高めた価値をどう運用するかが、ボクらの仕事。ボクの価値が高まらないと運用の仕様がないので、もっとチャレンジングにいろんなことをやっていく。会社のための仕事というより、ボクがボクを生きることが価値を高めることになるので、それをうまくサポートしてもらっているということです」

常に何かにチャレンジし続ける。それが安彦の願う生き方であり、夢である。

「1つは長く現役をやることと、後は見たことがない景色を見たいというのがあるので。無謀だねとか、できないでしょ、って言われることにチャレンジしたいというのがあるので。サッカー選手としてできる価値を広げていく、1つ1ついろんなことを積み上げているタイミングです」

-YS横浜はすごく自由でオープンなクラブですね

「ものすごく自由。周りの選手も含めて柔軟に対応している。いろんなことに興味を持ったり、アンテナを張るという意味で。だから、ザ・Jリーガーではないのかな。やっぱりJリーガーってなると、どうしてもサッカーだけというムラ社会に入ってしまうので。そうじゃないところで(我々は)仕事したりしている。それが前提だから、基本的にオープンで、アンテナの感度が高いと思います」

SNSでさまざまな見解を発信する安彦は、同僚たちと「Jメシ」なるものを企画。試合後はサポーターと共に食事し、さまざまな話をする。分け隔てのないオープンな人柄がまた、クラブに新たな価値を加味している。

■地域に根差すカルチャー色

YS横浜は1986年(昭61)に創設された。当時大学生でクラブに関わったのが現理事長の吉野次郎氏。クラブは「YSCC(横浜スポーツ&カルチャー・クラブ)」の名前の通りカルチャー(文化)に重きを置く。

「日本の実業団スポーツが崩壊していく姿を見たので、地域と子供の健全育成というキーワードで、クラブが地域から必要とされるものを築いていかないといけないよね、というところから始まっています」

-Jリーグを戦うってどんな気分ですか?

「まず楽しい、こういう舞台で戦えることが。もちろん苦しいこともいっぱいあります。でも決して強化費が高いところが勝つわけじゃないし、そういうところに挑戦していきたい」

-横浜3番目のJクラブとして、どういう戦略を打ち出していますか

「同じ横浜ですからスポンサーなんか競合してしまうし、そうなるとウチはかなわない。でも機動力は大きな組織より高いかな。後は隙間を縫って仕事ができる。(古山のような)選手獲得の方法もそうですけど、小さいクラブならではの動きかなと思います」

-非常に柔軟性のあるクラブだと思いますが

「横浜3つ目のクラブとしてJリーグに参入した理由は、たくさんの子供たちの夢が増えるという考え方があった。(地域で)1つチームが増えれば、Jリーガーになれる枠が増えるわけですから」

今季のYS横浜はいみじくも登録30選手全員がリーグ戦に出場している。チームは現在18チーム中16位と苦戦を強いられるが、フレッシュな大学生1年生も在籍するなど、吉野氏からは「育成」という言葉が幾度となく出てくる。「掘り出し物」を見つけるべく、練習生も積極的に受け入れる。選手を育て他クラブへ輩出する「育成型クラブ」という形も視野に、古山のような夢を持った選手を後押しするという。

加えて41歳の安彦との契約。選手としての力量だけで判断せず、その人間力がチームにプラスになると考えてのものだ。クラブが地域・社会と結び付き、新たな価値を模索する。今で言う「ダイバーシティー(多様性)」。企業経営における人材と働き方の多様性ということだろう。まさにクラブがうたう「カルチャー色」のたまものである。

「オープンマインドです。壁はない。いろんな人に出会えるのがうれしい。スポーツって人を成長させるのにいいものなので、だからやり続けている。段階が変われば出会う人も変わってくるし、そういう人たちの刺激が大きい」

そう快活に話してくれた吉野氏もまた、夢を持つ。

「高みを目指したいですね。J1と言うと説得力がないですけど(笑い)。1個上(J2)には行きたいと思っています」

サッカーボールには夢がいっぱい詰まっている(イメージ画像)
サッカーボールには夢がいっぱい詰まっている(イメージ画像)

■選手だけで終わらない未来へ

今や小学生に将来のなりたい職業を問えば、サッカー選手という回答が最も多いという。各協会に登録する競技人口においても、サッカーは国内最多だ。その中でプロになることは、まさに夢のような話だろう。そんな憧れの職業ながらJ3に至っては、まだまだプロとはいえない低賃金が現状である。ただJクラブは地域と密接につながり、社会創世という大きな役割を担い、さまざまな価値をもたらすことができる。そんなクラブを媒介し、選手個々が成長していけば「サッカー選手」というだけの夢に終わらない。その先の未来へ、新たな何かをもたらすこともできるだろう。

サッカーに夢はあるのか-。

夢(思い)があるからこそ、人が動き、より良い明日へ向かおうとする。サッカーボールには、夢がいっぱい詰まっている。【佐藤隆志】(ニッカンスポーツコム・サッカーコラム「サカバカ日誌」)

◆佐藤隆志(さとう・たかし) 1991年入社のサッカー大好き記者。年代・カテゴリーを問わず、サッカーの話題を書いていきます。2010年のサッカーW杯南アフリカ大会期間中、現地から連載した「サカバカ日誌」をリニューアル。日本代表やJリーグの陰に隠れがちなアマチュアリーグや大学、育成年代などドメスティックな話題を取り上げていきます。

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