冬の風物詩、全国高校サッカー選手権が12月31日に1都3県(東京、千葉、埼玉、神奈川)で開幕する。新型コロナウイルスの感染者数は増加の一途をたどっており、予定していた準決勝、決勝の一般入場は不可となった。ウィズコロナの中、無事に1月11日の決勝戦を終えられるか、不安は尽きない。

ここで少し時間を巻き戻すと、全国屈指の190校が参加した神奈川県予選では、感染リスクを下げるため原則的に無観客で実施されていた。例年にはない苦労を抱えながら、高校生たちの大事な大会を守り抜いた。その舞台裏では、何を考え、どんな運営がなされていたのか? 神奈川県サッカー協会2種高校部会の伊藤陽介委員長(桜丘高教諭)に話を聞いた。

神奈川県予選決勝の桐蔭学園-桐光学園戦は両校の関係者だけ入場した中で行われた
神奈川県予選決勝の桐蔭学園-桐光学園戦は両校の関係者だけ入場した中で行われた

■史上初インターハイ中止

かつてない、歴史的な1年だった。4月下旬、インターハイが1963年(昭38)に始まって以来、史上初めての中止が決まった。高校生にとっては大事な目標の1つが失われた。

「部活動の再開が分からない中、残された大会が選手権しかない。本来なら7月中旬くらいから大会をスタートさせますが、その日程をどうするかとともに、学校の中でサッカー部以外の一般生徒も含め陽性者が出た時に、コロナのせいで大会に出られません、とはしたくなかった」

感染者が出た場合は延期し、試合ができるまで待つという独自の方針を打ち出した。ただ、日程的にそれが可能かどうか。加盟校数が全国でもトップクラスの多さを誇る中、それが理想ではあるが、実際にできるものか熟考した。Jリーグとも競合する競技場やテレビ放映の問題も絡んでくる。生中継の決勝が延期となれば放送枠に穴を空けることになるが、地元放送局のtvkからは「延期した学校会場での決勝戦でも放送します」と申し出があった。まさに難解なパズルのような大会スケジュールの変更に対し、共に格闘した。

従来なら7月半ばには始まる選手権予選だが、学校が再開したのが6月。十分なトレーニングができないまま、真夏の大会となれば、さまざまなケガのリスクが伴う。一方であまり遅くなると大学受験への影響も出てくる。協議の結果、7月上旬に大会の開幕を9月13日に定めた。

とにかくこだわったのは、不戦敗を出さない。「プレーできる機会を我々が奪ってしまうということはやりたくない。それが正直な気持ちだった。最後まで戦って県のトップを決めたい。みんなでそう確認してスタートしました」。

コロナ禍の無観客試合ではライブ配信が大活躍
コロナ禍の無観客試合ではライブ配信が大活躍

■動画のライブ配信可能に

今回の無観客大会では、それを補うべくSNSによる動画のライブ配信が活用された。「子どもの試合を保護者にも見せられないとなった時に、やっぱりライブ配信したいという声が届いてきました」。

そこで全国選手権実行委員会では、試合の動画配信ができるようテレビ局側と折衝した。全国選手権については、予選を含めた放送に関わる権利を民間放送43社が持っている。

「ライブ配信は可能かどうか確認したら、限定公開という形でパスワードをかけてあるだとか、誰もが見られる形でなければ、今回は特別にライブ配信を可としますと、全国47都道府県の委員長会議を通じて許諾をいただきました」。

地元のtvkによる放送がない準々決勝までは、チームごとに撮影代表者1名の入場を許可し、SNSでライブ中継が施された。

「現地にはいないけども、向こう側にいる仲間の思いも背負いながら、最後まで戦わなければいけない。(前後半で)80分間という時間、最後までここのピッチに立つことさえかなわなかった仲間の気持ちをくんで、戦いたいという姿勢は、子どもたちからすごく感じることはできたかなと思っています」。

優勝旗を手にした桐蔭学園・中島主将
優勝旗を手にした桐蔭学園・中島主将

■「多くの人に支えられ」

11月28日、神奈川・ニッパツ三ツ沢球技場で決勝が行われた。延長戦の末に、桐蔭学園が桐光学園を3-2と破り、3年ぶり10度目の全国大会出場を決めた。そのピッチでマイクを向けられた優勝監督のインタビューでは開口一番、「多くの人に支えられてここまでたどり着くことができました。支えてくれた人に感謝します」。選手権という高校生にとっての最高の舞台を守った、すべての人への感謝の言葉だった。誰もが感じ入った部分だったに違いない。伊藤委員長は謙虚にこう話した。

「我々としては、子どもたちが試合をやってチャンピオンを決めることだけは何とか保証したいので、子供を支えるみんなで協力してくださいという思いでやっていました。スポーツをやっていく上で、子どもたちも、お父さんお母さんが自分たちに協力してくれて、また顧問の先生が、というふうな形でみんなに支えられてこのゲームがあるんだということは、コロナがなかったとしても感じていることだと思います。今プレーヤーとしてやっている子どもたちの選手生活が終わったとして、今度は指導者であったり、親となり、そんな形でサッカー界の後押しをしてもらうような感じで、つながっていってくれれば、という思いはあります」

全国大会も開催する南関東の1都3県(東京、千葉、埼玉、神奈川)の委員長間でのメールのやりとりは「半端ない数になりました」と笑う。オンライン会議を重ね、さまざまな問題とも向き合った。コロナ禍の1年、黒子の長として奔走し続けた記録でもある。その一つずつ積み上げた経験則は、この冬の全国大会に活かされることになる。

■思い出という無形の宝物

「不要不急」の言葉がクローズアップされた2020年。スポーツは「必要火急」ではないが、社会にとっては不可欠な資源である。そして高校生にとっては、青春時代の大事な思い出だ。何物にも変え難い「無形の宝物」と表現できよう。そんな舞台が損なわれないよう、奮闘し続ける黒子たちに拍手を送りたい。【佐藤隆志】