ウルグアイには「エル・ロコ」がいる。御年70歳、アルゼンチン人の名将マルセロ・ビエルサ監督のことだ。

そのロコとは、スペイン語で「クレイジー」の意味がある。

独特な人物であることは間違いない。

まずFIFA公式サイトの紹介写真。真っすぐ前を見るべきところで下を見つめている。

試合中はベンチ前のクーラーボックスに腰かけて指示する。いつも変わらぬジャージー姿。厳しい表情を崩さず、見た目も怖い。

むろん監督としての手腕は一級品だ。アルゼンチン代表で02年日韓大会、チリ代表で10年南アフリカ大会、そして今回とW杯で3度の指揮。サッカーオタクとして知られる希代の戦術家。過去には日本代表の候補に挙がったこともある。

そのビエルサ監督には日本人のまな弟子がいた。

サッカー指導者の荒川友康さん。93年に選手としてアルゼンチンへ渡り、8年半を過ごして帰国。02年の日韓大会でアルゼンチン代表のサポートスタッフを務めたことから、今に至る師弟関係ができあがった。

今月24日には「ビエルサ・ノート」(幻冬舎)を出版。その戦術論やトレーニング法を余すことなく明かしている。その荒川さんが言う。

「結局“ロコ”って言うのは凡人ではなかなかできないことをやってのけるからです。強迫観念があるから勝利につながることはすべて準備するわけです」

長年の戦術研究により、マンツーマンをベースとした能動的なボール奪取から連動して攻撃を仕掛ける。一体感のあるスタイル。それはどこかオシム監督を想起させるもの。チリを変革し、W杯16強まで躍進させたのは代表的な例だろう。

ただ、とかくピッチ外の「ロコ」ぶりが注目される。うつむき写真もそうだが、会見でも下を向く。

「なんで? って聞かれたら“理由なんかない”って。シャイな人だと思います。一度だけ“奥さんから、たまには質問する記者さんの目を見て答えなさいって言われたんだ”と言ったことがありました」

常にジャージー姿を崩さない。代表チームのサポート企業からスーツのオーダーメイドの話を受けたが、採寸にも行かなかった。

「チリ代表の時に大統領に招かれた席で“政治的な思惑で自分を使ってんだろう”って握手もしなかったというのが、翌日の新聞の1面になったくらいです」

一族は政治家や弁護士、教育者という上流階級。頭の回転の速さはそんなところからも分かる。

そんな希代の戦術家が、まさかの1次リーグ敗退を喫した。チームをまとめ切れなかった。

試合後の会見では引責辞任もほのめかした。

「自分がウルグアイのサッカーに与えたものなど何もない。監督が代表チームにどんな貢献をしようとも、良い結果が伴わなければ無に等しいからだ。自分がどう記憶されるかと問われれば、何も残さなかった男として記憶されるだろう」

そのひととなりを、戦術を、もっと見たかった。「ロコ」の早期敗退はあまりにも惜しい。【佐藤隆志】

ウルグアイのマルセロ・ビエルサ監督(AP)
ウルグアイのマルセロ・ビエルサ監督(AP)
下を向いたウルグアイのマルセロ・ビエルサ監督の紹介写真(FIFA公式サイトから)
下を向いたウルグアイのマルセロ・ビエルサ監督の紹介写真(FIFA公式サイトから)