「4×6=23」と「4×6=26」どっちの間違いのほうがいいか?

各界トップ達にインタビューした1991年の連載「21世紀への伝言」。数学者・森毅さんが、ネットが普及してなかった時代に発した柔軟な言葉は30年以上たった今読んでもハッとする。これは、「21世紀の日本人に送る20世紀からの伝言」である。

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久保勇人

<21世紀の日本人に送る20世紀からの伝言> 数学者・森毅さん(復刻連載1=91年6月5日紙面掲載、所属、肩書き、年齢、表現など当時のまま)

★森毅(もり・つよし)1928年(昭3)1月10日、東京生まれの大阪育ち。旧制三高(現京大総合人間学部)を経て、東大理学部数学科卒。東大時代に評論活動を始める一方、長唄、三味線などを習得。一時は芸能関係の業界に入ることも真剣に考えた。1951年北大助手になったが、1956年に突然辞職、全国を放浪し始めて話題になった。1957年に京大助教授になり、教養部教授を1991年春に定年退官、名誉教授。京大時代から、数学教育問題に取り組み、数学教育協議会副委員長も務めた。教え子に浅田彰氏など多数の人材を輩出。著書は「文化と数学」「学校ファシズムを蹴っとばせ」「ものぐさ数学のすすめ」など多数。2010年7月に82歳で死去。

悩んだり、困ったり、分からなくなったり…だれでも道に迷うことはあります。そんな時、人生の先輩たちの言葉が参考に、心の栄養になるかもしれません。日刊スポーツは1991年(平成3年)に「21世紀への伝言」を紙上で連載しました。当時の各界のトップ34人へのロングインタビュー。登場するのは、日本を世界をリードする国の1つに育てた人たちばかり。30年も前の言葉ですが、令和の今でもその重みは色あせません。

2022年に復刻するにあたり、数学者の森毅さん(当時63歳)を5回連載します。森毅さんは、京都大学の名物教授でした。数学のほかにも、芸能などあらゆる分野に造詣が深く、評論家、エッセイストなどとしても活躍。鋭く独特な視点、気さくで分かりやすくユニークな語り口で人気でした。インタビューでは、数学上達の方法、大学論、高齢化社会の生き方などについて語り尽くしてくれました。(※1991年の記事を転載。所属、肩書き、年齢、表現などは原則、当時のままです)

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数学者の森毅さんは今年3月、京都大学を定年退官しました。35年間の教壇生活中は数学教育に情熱を燃やす一方、京都の名物論客として幅広い人気を集めました。好きな人より嫌いな人が圧倒的に多い数学。森さんは「数学という山を分かるためには、子供のころからどんどん道に迷うべきだ」と数学上達の方法を指南します。

「どうしたら数学好きになりますか」とか聞かれることが多いけど、ああいうの気になるなあ。「どうしたら芝居や映画が好きになりますか」とか言われないやろ。どうして数学だけそういうこと言われなきゃならんのか。

例えば「囲碁I」というのを共通テストの必須科目にしたら、受験生が「試験に出る定石5000」覚えたり、「次の一手」とか問題に出たりして、囲碁をものすごう嫌うヤツが増える。数学が嫌いというのも同じや。

例えば京都で東山に行くとする。僕は京都をよう知っとるから、地図通り行こうという気はない。もし間違っても反対側へ行ったりしない。山の感じが分かってるからね。迷うのも楽しいし、それやってるうちに山の感じがさらにつかめてくる。ところが東山を全然知らん人だと地図通りしか歩くまいとするでしょ。地図の道だけは行けるようになるけど、山の様子は分からない。

数学が山とすれば、目的地に着くか着かんかというのはテストの結果みたいなもんで、山の様子が分かる方がいい。実際のテストでも中、高、大と後になればなるほど山の景色がものをいうようになる。

子供に「自分で判断して迷ったり楽しむのは大学入ってからやってください。小学校の間は地図通りに行くのが何よりです」と言う先生もおるけど、そりゃ絶対間違いと思う。裏山で迷えんヤツに信州の山奥で迷え言うたら、遭難するでえ。迷ったって遭難せんぐらいのところで、徐々に慣れていくのが一番ええんや。ちょっとそういうゆとりが(今の学校教育に)ないんだなあ。

1991年6月5日付け芸能面。森毅さん「21世紀への提言」1回目の紙面。

1991年6月5日付け芸能面。森毅さん「21世紀への提言」1回目の紙面。

「公式」が難儀なのは、よく高校生が公式を紙に書いて覚えたりするでしょ。あれが本当は一番駄目な方法なんです。即効性はあるけどね。絶対いいのは、教科書をただ眺めること。「そのうち覚えるわ」と何回でも眺める。そしたら、数学という山の景色が目に入る。面倒くさいけど、それを繰り返すとだんだん本当の力がつく。数学得意なヤツは、ありきたりの公式で間に合わすし、できるだけ覚える公式少のうしてるんです。公式覚えた方が得やけど、一過性のもので、実力やない。それを心得て使い分けしたらええと思う。

実力について言うと、数学でも何でも一番大事なことは試験で測りにくい。例えば「九九」で間違った時、「4×6=23」と「4×6=26」とどっちがええかという議論がある。これは26の方がええ。問題は掛け算のイメージのこと。掛け算ってのは、箱詰めのイメージなんよ。一つの箱にまんじゅうが縦に何個、横に何個入るか、と。つまり23だと、非常にいびつな形になる。

 偶数掛ける偶数がどうとかいう問題じゃなくて、イメージとして違和感を感ずるかどうか、それが数学のセンス、実力いうもんです。(※1991年の記事を転載。所属、肩書き、年齢、表現などは原則、当時のまま)