さよなら大相撲〈4〉王輝 披露できなかった幻の化粧まわし
日本相撲協会に所属する力士は約600人。引退後、親方や裏方として協会に残れる人は、ほんのわずかだ。
大多数は第2の人生に向かって歩み始める。
連載「さよなら大相撲」では、引退した力士の相撲人生を振り返り、今後へエールを送る。
第4回は、元十両王輝(28=錣山)。1場所だけ十両に上がったが、コロナ禍で昇進祝賀会も開けないまま、15戦全敗。悔しさをバネに奮闘してきた。その陰には「幻の化粧まわし」があった。
大相撲
三段目昇進を喜んでくれた師匠
元関脇寺尾の錣山親方。王輝にとって、亡き先代師匠との思い出は尽きない。
17歳で初土俵を踏んでから、3場所目のことだった。
2013年九州場所14日目。東序二段34枚目で5勝目を挙げた。事実上の三段目昇進を決めた。
序ノ口、序二段では、力士はゲタをはく。三段目になると、エナメルの雪駄をはける。
土俵で勝ち名乗りを受け、福岡国際センターの花道を引き揚げた。
すると、師匠が走ってきた。笑顔だった。
「一毅、雪駄は何色がいい?」
勝ったことは、もちろんうれしかった。それ以上に、師匠が自分のことのように喜んでくれたことが印象に残っている。
「めっちゃ喜んでくれて…。序ノ口、序二段を1場所で通過できたんですが、めっちゃ覚えてますね」
リクエスト通り、青い雪駄を贈ってくれた。
三段目昇進から2年かけて幕下へ。さらに4年半かけて、24歳で新十両となった。
まじめで、負けず嫌いで、稽古熱心。
十両昇進を決めた2020年7月場所を迎えた際、師匠から「お前ほど稽古をやったやつはいない。自信を持っていけ」と背中を押されたほどだった。
当時、東京オリンピックが延期されるなどコロナ禍で、あらゆる感染予防対策が取られていた。
ハレの場であるはずの新十両会見は、記者に囲まれることなくオンラインのみ。地元へのがい旋も部屋として自粛した。昇進披露パーティーもできなかった。
不運は重なった。
関取として初めて臨んだ2020年秋場所。観客数は制限され、力士はファンとの接触禁止。十両以上になって初めて許されるサインをする機会はほとんどなかった。声援を浴びながらの本場所入りは、過去の光景となっていた。
まさかの記録、休場しなかった理由
土俵では、本来の力が出せなかった。
15戦全敗-。
新十両として史上初のことだった。
秋場所初日の前日、稽古中に左膝を痛めた。重傷ではなかったが、痛みが出てテーピングを施した。最初の3日間は、緊張もあった。
そして迎えた中日、8日目。翠富士との取組。立ち合いで当たり、得意の左差しを狙った瞬間だった。左腕から「ブチッ」っと音が聞こえた。
力が入らなくなって、無抵抗のまま寄り切られた。
事情が分からない師匠に「なんだあの相撲は。なんで力抜いてんだ」と怒られた。
すぐに病院で診察を受けると、左上腕二頭筋が断裂していた。大けがだった。
師匠には休場を勧められたが、休まなかった。
「やっぱり十両に上がって、15日間取ることが、今後につながると思ったんですよ。その経験てやっぱ大事なのかなっていうのが一番にあって…。休もうとは思わなかったですね。できることを全力でやろうとした感じでした」
その後の1週間、朝稽古は四股を踏むだけ。取組前に病院に行き、痛み止めを打って、本場所に行った。患部に血がたまると抜いてもらった。
痛み止めは、効かなかった。
それでも師匠からの休場勧告は受け入れなかった。
「痛い格好をするなら出るな。出るんだったら、絶対に痛い格好はするな」とも言われた。
王輝は出場を続けたが、新十両の力士が万全でない状態で勝てるほど、甘い世界ではない。
連敗は止まらなかった。
関取として1勝もできないまま、長い15日間が終わった。
2020年9月28日付の日刊スポーツは、こう報じている。
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1996年入社。特別編集委員室所属。これまでオリンピック、サッカー、大相撲などの取材を担当してきました。X(旧ツイッター)のアカウント@ichiro_SUMOで大相撲情報を発信中。著書に「稽古場物語」「関取になれなかった男たち」(いずれもベースボール・マガジン社)があります。
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