<平塚競輪:KEIRINグランプリ2025>◇GP◇30日
古性優作(34=大阪)の内面に日刊スポーツ松井律記者が迫る、毎年好評の「古性の哲学」。今年はG1無冠ながらも、人知れずさまざまな試練を乗り越え、賞金ランキング1位で堂々と大舞台に立つ。連覇に挑む王者の、偽りなき心境とは。
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2025年、古性優作は深淵(しんえん)をさまよった。優勝は初戦のG3和歌山、全プロ記念(青森)、G2ウィナーズカップ(伊東)だけ。G1は5年ぶりに無冠に終わった。
「溺れていた。息をするので精いっぱいでした」
7月、選手人生で一番の大けがに見舞われた。G2サマーナイトフェスティバル(玉野)で落車し、肩鎖関節をつなぐ腱(けん)を断裂。復帰後しばらくは、肩がブラブラの状態で走り続けた。
その1カ月前には、心に我慢できない痛みも抱えていた。6月、恩師・郡山久二さん(大阪55期)の訃報が飛び込んできたのは、G1高松宮記念杯(岸和田)の2日目だった。練習面でも精神面でも一番頼りにしていた恩師との別れ。心は中ぶらりんになった。
「郡山さんには出場するはずのGPが中止になってしまった過去がある。その話は何度も聞かされたし、GPを走れなかったことが、選手人生で唯一の後悔だったんです。だから、僕が初めて出場(21年)を決めて勝った時は、抱きしめて泣いてくれた。郡山さんの涙を見たのは、その時が最初で最後でした」
粗削りな天才を恩師が丁寧に磨き上げ、出来上がった唯一無二のレーススタイルは、芸術作品となった。
「24年は淡々と自然に自分の作品が作れていた。今年は周りのいい作品に気を取られ、やってもやっても身にならない努力を重ねてしまいました」
痛みにじっと耐えながらハードな練習に取り組んだ。そこに見返りを求め、結果が出なければ焦りに直結した。
それでも、バンクに出ればプライドを保ち続けた。満身創痍(そうい)の心と体で6月高松宮記念杯、8月のG1オールスター(函館)を準優勝。一年を通じ、賞金ランク1位をひた走った。
「それは今まで積み重ねてきた土台があるから。痛みは我慢すればどうにかなった。でも、G1タイトルに惜しかったはない。獲るか、獲れないか。今年はすごく遠かったです」
作品は「優勝」してこそ完成する。“絶対王者”に準優勝は価値がない。
古性はレース後の会見で「弱いです」しか口にしなくなることがある。それ以外の言葉は、全て意味がないと分かっている。
「けがの影響がないわけはない。それも含めて実力なんです。どんな時でもお客さんから見れば、僕はグランプリチャンピオン。言い訳だけはしたくない」
かつて、恩師は自分の走る姿に自己を投影してくれていた。GPに出れば、恩返しになる。これが古性の大きな原動力だった。
毎年、GP会場近くに豪華なホテルを予約して、恩師を招くのが恒例だった。「旅行気分で楽しんでほしかったんです」。残念ながら、もう予約の必要はなくなった。だが、今年もきっと、特等席で愛弟子の勇姿を見届けてくれるだろう。
現状維持は後退を意味する。進化し続けることを求められる世界。いっさいの言い訳を口にせず、今年もこの舞台にたどり着いた。あとは、獲るか、獲れないかだ。【松井律】





















