Jリーガーにもコロナ陽性が続々と出始めた。

僕も含めてJリーガーは皆、かなり厳しい環境を作り込んで、コロナにならないよう予防対策をしている。それでも、かかってしまう現実がある。それは選手だけではなくサポーターのみなさんも同様だ。人数制限や観戦時の規制などはされてはいるものの、いつどこでコロナウイルスにかかってもおかしくないのが現状である。

そんな中、一部のサポーターが指笛をしたり、飲酒をして大声を出したりしていることがメディアにも取り上げられている。気持ちはわからなくはない。選手もゴールが決まれば、抱き合って喜んでしまうことがある。サポーターだって喜びたいはずだ。

しかし、今はサッカーを観戦できる喜びだけに留めておいてもらいたい。それは、感染リスクということだけでなく、観戦マナーが悪いことで、感染リスクを恐れ、スタジアムに行くこと自体をやめてしまうサポーターが出てくる可能性があるという意味を含めてだ。

僕は先日、東京・赤坂にあるサントリーホールで開催されたクラシックコンサートに行った。コロナウイルスの関係で約半年ぶりに開催する最初のコンサートだった。当日、コンサート会場の入り口では、アルコール消毒はもちろん、マスクの着用もマストだった。 僕はあろうことか車にマスクを忘れてしまい、会場の入り口で止められてしまった。係員がすかさず僕のところに来て「向かいのビルに薬局があるのでマスクをお買い求めください」と言った。開演間近でもあったので、車に戻るよりも買ったほうが早いと思い、教えてもらった薬局までマスクを買いに行った。

マスクをしっかりとつけて再度入り口までいき、扉を開けて入ろうとすると、先ほど僕にマスクの着用を促した係員が僕のところまでやってきて、丁寧な口調で「ご対応ありがとうございます」と一言残してくれた。

会場に入れば、一席間隔で席が用意されていて、オーケストラの人数も制限されていた。もちろん、演奏後に「ブラボー」などの掛け声も一切禁止されていた。コロナウイルスはスポーツだけでなく音楽にも同様にダメージを与えている。ここまでは音楽でもスポーツと変わらないコロナ対策が講じられている。

しかし、サッカー観戦で起きているマナー違反は、クラシックコンサートでは起きていない。クラシックは、半年ぶりのコンサートを演奏者も観客も係員も含めて、みんなで成功させようとしている感じが伝わってきた。それがわかるのが、マスクの着用を促した係員が、その後のフォローも忘れてはいなかったことだ。きっと係員の人もこの半年ぶりのコンサートを成功させるために、自分の立場でできる最大限のパフォーマンスを心がけたに違いない。そうでなければ、「ご対応ありがとうございます」という一言をわざわざ伝えには来なかったはずだ。 僕ら選手はワンプレー、ワンプレーで見ている人を感動させることが使命だ。そして、そこで働く人たちもまた、感動のサポートをすることが使命だと思う。スタジアムをひとつの空間として捉えたときに、そこで奏でられる一体感こそ、見ている人の感動には欠かせない要素だと思う。

クラシックコンサートは素晴らしい演奏者だけで何百年も存在しているのではなく、そこで働く人と観客が素晴らしい演奏会を成功させようと想いをひとつにしている。サッカー観戦も同様に、そこに関わるすべての人が「みんなで最高のスポーツイベントにしたい」という想いをもって行動することが必要だと感じさせられた。大事なのは、言われたことやルール、マニュアルだけにとらわれず、1人1人が今この瞬間をどう成功に結びつけるかというマインドをもって、接客、観戦、プレーをすることではないか。

まずは最低限、お客さんが偉ぶらない、選手が勘違いをしない、会場がお客さんを信頼することがサッカー界にも大切だと思う。そうすることで、コロナウイルスを逆手に取った新たなサッカー文化が作られていくことを期待したい。(ニッカンスポーツ・コム/サッカーコラム「0円Jリーガー安彦考真のリアルアンサー」)


◆安彦考真(あびこ・たかまさ)1978年(昭53)2月1日、神奈川県生まれ。高校3年時に単身ブラジルへ渡り、グレミオ・マリンガとプロ契約も、けがで帰国。03年に引退も、18年3月に練習生を経てJ2水戸と40歳でプロ契約。出場機会を得られず19年に旧知のシュタルフ監督率いるYS横浜に移籍。開幕戦のガイナーレ鳥取戦で途中出場し、ジーコの持っていたJリーグ最年長初出場記録(40歳2カ月13日)を上回る41歳1カ月9日でデビュー。175センチ、74キロ。