Jリーグが開幕しましたね。ふと思ったのですが、ユニホームに「下の名前」を入れている選手が増えたような気がします。しかし、実況は名字で呼んでいるので全く一致しないという違和感を感じているのは僕だけでしょうか。

民放で放送される場合、初めてサッカーを見る人もいます。顔も知らない、実況が呼ぶ名前とユニホームの名前が違う、これでは初めての人はその選手を覚えられない。新規ファン獲得という点において、障壁になるのではないかなと思いました。

東京戦後半、先制ゴールを決め雄たけびを上げて喜ぶ浦和MF阿部(左)(2021年2月27日撮影)
東京戦後半、先制ゴールを決め雄たけびを上げて喜ぶ浦和MF阿部(左)(2021年2月27日撮影)

さて、今回のコラムでは「新しいスタイルの解説者」について僕なりの見解をお話ししたいと思います。2月27日にNHKで放送されたJリーグ開幕戦の浦和レッズ対FC東京戦を見させてもらいました。その試合の解説は昨年現役を引退した中村憲剛氏でした。

僕は以前から解説者の言い回しや伝え方に興味があったので、今回の中村氏の解説はかなり楽しみでした。率直な感想をお伝えすると「素晴らしい」の一言です。よどみなく出てくる言葉は、現役時代にいかに頭を使っていたかがわかるものでした。

今まで解説者は松木安太郎さんのように一般の人にも楽しくわかりやすく伝えるスタイルか、玄人が好む戦術的視点を多く盛り込むかの大きく分けて2択だったと思います。それが中村氏の登場で新しいスタイルの解説者像ができたのではないかと思います。

それはプレーの良しあしではなく、自分の体験や経験を元にボキャブラリーを持って話すスタイルです。自分がピッチにいるつもりで解説しているとも言えますね。聞いていた方なら分かると思いますが、結構ずっと話し続けているんですよね。中にはこれがうるさいという人もいると思いますが、中村氏の解説は全く邪魔にならないのです。それどころか、チャンネルを変えそうになる一般人を踏みとどまらせる力がありました。それは自分の言葉で話していることがハッキリ分かるからだと思います。

今までの解説者は「解説者とはこれ」みたいな先入観がすごく強く、勉強不足が否めないお粗末な方も多く見受けられました。解説者の大切さは、自分が興味のないスポーツを見た時に感じることができます。中村氏の解説は自分がピッチにいるかのような語り口で、全く上から目線ではない言葉がすんなりと入ってきます。どれだけの解説者がちゃんと事前にリサーチをかけて選手や監督の情報を仕入れているのでしょうか。小ネタを次々と披露する陸上の増田明美さんの解説が良いかどうかは別として、完全にリサーチ努力のたまものと言える「情報」がそこにあります。

中村憲剛さん(2020年撮影)
中村憲剛さん(2020年撮影)

こうして徹底的に頭を使ってきた選手の解説が当たり前になってくると、何もリサーチをせず、ただ見たものの情報を出す解説では成立しなくなると思います。中村憲剛氏の登場の「前と後」で解説者の時代が変わったと言えるでしょう。

そもそも解説者は何のためにいるのでしょうか。そして実況は何のために必要なのでしょうか。ラジオではないので、誰もが見ている現象を説明することが実況や解説の本質なのでしょうか。僕はJリーグがどんどん内向きになっていっている気がします。小さな村の中で「それ、いいね」と言われることにしか目を向けなくなっているように感じます。一般の人が見た時にどう思うかという視点を忘れてはいけません。Jリーグはもっともっとファン向けと一般向けの両方を考えて仕掛けていく必要があると思います。

僕らは気がつけば大人になると勉強をしなくなります。社会に出てからが本当の学びの場なのにもかかわらず、小手先でその場をしのごうとします。しかし、それで通用することに身を委ねてしまうと成長を失います。「引退」とは素人の始まりです。その上で自分にしかできないことを、自分の言葉で伝えていた中村憲剛氏の解説は見事だったと思います。

僕も格闘家という新たな世界で自分を試していますが、日々勉強で学びがない日などありません。Jリーグ百年構想という素晴らしいビジョンが、Jリーガー百年構想という1人の人間を育てるビジョンにも繋がる日が来ることを願っています。


◆安彦考真(あびこ・たかまさ)1978年(昭53)2月1日、神奈川県生まれ。高校3年時に単身ブラジルへ渡り、19歳で地元クラブとプロ契約を結ぶも開幕直前のけがもあり、帰国。03年に引退するも17年夏に39歳で再びプロ入りを志し、18年3月に練習生を経てJ2水戸と40歳でプロ契約。出場機会を得られず19年にJ3YS横浜に移籍。同年開幕戦の鳥取戦に41歳1カ月9日で途中出場し、ジーコの持つJリーグ最年長初出場記録(40歳2カ月13日)を更新。20年限りで現役を引退した。同年12月には初の著書「おっさんJリーガーが年俸120円でも最高に幸福なわけ」(小学館)を出版。オンラインサロン「Team ABIKO」も開設した。175センチ、74キロ。

浦和戦後半、同点ゴールを決め喜ぶ東京DF森重(右)(2021年2月27日撮影)
浦和戦後半、同点ゴールを決め喜ぶ東京DF森重(右)(2021年2月27日撮影)