レアル・マドリード(スペイン)所属の18歳、久保建英への注目度がすこぶる高い。プレシーズンマッチではトップチームに同行し、世界的なスター選手に混ざり当たり前のようにプレーしている。まるで漫画を見るような光景には、もう驚きしかない。

中学3年でJリーグデビューとプロキャリアの“長い”久保だけに、つい忘れがちだが日本国内ならまだ高校3年生である。高校生が、年間10億円を超える報酬を手にする超一流のプロたちと同じ土俵で戦っている。ここ20年、多くの若手選手が海外に渡るようになったが、行き着くところまで来た感がある。

不在の松岡主将の8番のユニホームを手にする鳥栖U-18のメンバー
不在の松岡主将の8番のユニホームを手にする鳥栖U-18のメンバー

■名古屋が鳥栖下し初優勝

ちょうど国内では、久保と同じ世代の選手が日本クラブユース選手権(U-18)を戦っていた。仮に2001年(平13)度生まれの17~18歳を「久保世代」と呼ぶなら、この世代には有望な選手が多いようだ。そんな育成事情を知るべく、大会が行われていた東京・味の素フィールド西が丘に足を運んだ。

7月31日、決勝を戦ったのはサガン鳥栖と名古屋グランパス。両チームとも初優勝がかかった試合は、名古屋が前半に3得点を挙げ、鳥栖の反撃を1点に抑えて3-1で勝利した。両チームとも攻守の切り替えが速く、プロさながらのテンポの速いパスがつながる。技術はもちろん、誰もが高い戦術眼も持ち備えている。日本の高校世代のレベルの高さをあらためて実感した。そんな中、敗れはしたが、優れた若手選手を輩出している鳥栖に興味があった。

鳥栖は全国規模のプレミアリーグから1つ下のカテゴリー、九州プリンスリーグに所属するチームだが、2年前に中学生年代のU-15大会で九州勢初の全国2冠に輝いている。関東や関西が優勢だったJクラブの勢力図を塗り替えた。その田中智宗(とものり)監督(40)が頂点に立った選手とともにユースへと上がり、ここ最近は選手育成の面で着実に成果を出している。

今大会欠場したユース主将のMF松岡大起(3年)は、既にトップチームのレギュラーとしてJ1に舞台を変えて活躍しており、6月のトゥーロン国際大会には飛び級でU-22日本代表にも選出されている。また、10番を背負う攻撃の中心選手、本田智風(3年)もYBCルヴァンカップでトップチームデビューを果たしている。

なぜ鳥栖にいい選手を育っているのか? 田中監督に話を聞いた。

鳥栖U-18の田中監督
鳥栖U-18の田中監督

■18年1月パートナー契約

-鳥栖の育成年代はここ最近、急激に強くなっている印象がありますが?

「外からみれば急激にというふうに見える部分はあるのかもしれませんが、本当にみんなでこつこつとやってきて実を結びつつある。それが現状だと思います。急激に何かが変わったわけじゃありません」

そしてこう続けた。

「クラブもすごくアカデミーに理解してくれていて、育成型クラブとしてやっていくという話の中で、アヤックスとパートナーシップを結んでもらったり。今まではスタッフの考えを一つにしながらやっていくという形だったのが、今度はサガン鳥栖とはこういうサッカーでこういう選手を育てていくんだというところが(クラブとして)言語化されたというか。僕らも進化していかなければいけないと思っている中で、すごくありがたかったなと思います」

鳥栖は「育成型クラブ」を掲げ、15年からユースチームは全寮制となった。練習場所となるのは隣接する佐賀市健康運動センター、ここは天然芝と人工芝のグラウンドにプールも完備する。さらに18年1月、オランダの名門アヤックスのアカデミーと3年間のパートナーシップを結んだ。これまで数々の欧州タイトルを手にした伝統あるクラブのサポートを受け、指導者と選手のレベルアップを実践している。

以来、毎年のようにオランダ遠征を重ねる。今年の4月には、アヤックスが主催する「フューチャーカップ」という国際大会に参加し、優勝したユベントス、準優勝のアヤックスなどと対戦。大会は7位で終えたものの、予選リーグではアヤックスを3-0で破る番狂わせも演じている。

コーナーキッカーを務める鳥栖U-18の本田
コーナーキッカーを務める鳥栖U-18の本田

■欧州で気付いた個の育成

-久保選手がレアルへ飛び込んでも普通にやれているし、(鳥栖の)松岡選手にしてもトップに入って即戦力となっています

「うちも海外に行ってアヤックスとやりましたが、ああいうところとやるとそれなりにできる。それが自分たちの中にも出てくるし、アヤックスのスタッフも評価してくれています。すごく若いうちからどんどん外へ出て行くということは、僕自身すごく大事なことなんだと気付かされました」

-中田英寿選手が注目された20年くらい前から「早く海外へ出ないと」という感じでしたけど、さらにそれが加速しているように思います。行くにあたって何が大事になってきますか? さらに伸びるためには?

「どうでしょうか、海外のクラブが求めている選手を聞くと、やっぱり日本は4-2-3-1、4-4-2(の布陣)で、みんなで守ってみんなで攻めてみたいな。チームとしてはいいけど、じゃあ誰がいるの?って言った時に今まではいっさい名前が挙がってこなかったというのが、アヤックスのスタッフからは出ていました。当然、グループとしても大事なんですけど、サッカーという媒介を使いながら、個の育成をどうやっていくか? 各クラブ考えていかなければいけないことなんじゃないかなと思います。(アヤックスとの)パートナーシップを通じて考えさせられました」

強いチーム作りをする上で、個は欠かせない。個が高まれば、組織もより強固に確立されていくというものだ。ここでいう個とは、あくまでそれぞれの特長をより生かしたものである。ちなみに寮生活を送る鳥栖の選手たちは協調性に優れ、素直な子が多いという。それでも自分の思いはしっかり口にして伝えることができるそうだ。

優勝した名古屋U-18のメンバー
優勝した名古屋U-18のメンバー

■個人特化の練習メニュー

-個の育成って、具体的に何が大事なってくるのでしょうか?

「サッカーって11人ですけど、その個人に特化した練習なんてあってもいいでしょうし。全体練習が終わった後に個別にメニューが組まれていたり。そういう個人に合ったメニュー、個人が色濃く勝負できる状況だとか、そういうのがあった方がいい。当然、選手たちの特長を僕らが見極める必要はありますが、もっと伸ばしていくような。何となく平均値の円が大きくなっている選手じゃなくて。何か1個バーンと飛び抜けているような選手、そこをもっと伸ばしていけるようになメニューとか、各スタッフが個別にやっている。特にタレントと思われる選手については、アプローチしていかなければいけない。そういうのはすごく感じています」

-少々の粗さには目をつむる? アヤックスもそんな感じなのですか?

「そんな感じだと言っていましたね。アヤックスも当然勝てなくなったりする中で、いろいろとアヤックスの指導も変化しているみたいですし。やっぱり僕らも聞いていて、学ぶことがありますし。その中でもアヤックス化ではないので、アヤックスを参考にしながらサガン鳥栖化っていうところでもあるので。一緒にパートナーシップやってまだ2年目ですけど、学ぶことがすごく多いです」

田中監督の言葉には、試行錯誤を重ねながら、より良い未来へ進もうとする真摯(しんし)な思いを感じた。世界に目を向けた指導者が増えたからこそ、多くの有望な高校生が育つ。次世代の選手を生み出す国内の土壌は常に耕されている、そう実感した。

FC東京対鳥栖 競り合う東京MF久保建英(左)と鳥栖MF松岡大起(3月10日)
FC東京対鳥栖 競り合う東京MF久保建英(左)と鳥栖MF松岡大起(3月10日)

■先駆者たちが相乗効果に

高校3年世代に目を向ければ、先に触れた鳥栖の松岡大起や、横浜FCのFW斎藤光毅、東京ヴェルディMF山本理仁は既に“飛び級”でトップチームのレギュラー格としてプレーしている。また、次なるチャンスをうかがっている選手たちもいる。

さらに欧州から飛び込んだニュースで、学年は1つ上の19歳になるが、今夏ガンバ大阪からオランダ1部トウェンテのFW中村敬斗(東京・三菱養和ユース出身)が8月3日のリーグ開幕戦のPSV戦(1-1)で鮮やかなミドルシュートをたたき込み、デビュー戦ゴールを決めている。

こういう若手の存在は相乗効果を生む。同世代の選手なら「自分にもやれるはず」。こういう思いが広がれば、従来あった意識の枠組みは外され、新たな考え方がマインドセットされる。そして後に続く者がまた出てくる。

例えば陸上男子100メートル。日本人にとって9秒台は到達できない目標だった。だが新星のごとく現れた桐生祥秀が努力を重ね、日本人悲願の9秒台を達成すると、今年新たに2人のスプリンターが続いた。9秒98の日本記録はさらに伸びるだろうし、オリンピックのファイナリストも夢ではなくなった。日本人選手には未踏だった領域が今や手の届くところにある。

NBAウィザーズの八村塁が誕生したバスケットボールも含め、日本のスポーツ界は令和とともに新時代を迎えている。世界は以前よりも近くなった。レアル久保という「ファーストペンギン」もまた、日本サッカー界に新たな風を吹かせそうだ。【佐藤隆志】(ニッカンスポーツコム/サッカーコラム「サカバカ日誌」)

Aマドリード戦で激しくマークされるRマドリード久保(撮影・菅敏=2019年7月26日)
Aマドリード戦で激しくマークされるRマドリード久保(撮影・菅敏=2019年7月26日)