何も咲かない冬の日は、下へ下へと根を伸ばせ、やがて大きな花が咲く-。
1992年の箱根駅伝で初優勝を飾った山梨学院大の上田誠仁監督が当時、大事にしていた言葉だった。マラソンの2000年シドニー五輪金メダルのQちゃんこと高橋尚子さんも好んで使い、世間でも広く知られる格言となった。
■関東大学1部リーグ30年ぶり残留
1月下旬、今が1年で最も寒い時期。シーズンインに向け、サッカー界も動きだした。沖縄などの温暖な地域へ移動するプロとは違い、大学のサッカー部はちょうど今、「何も咲かない冬の日」に地道な基礎トレーニングを積み重ねている。
こういうタイミングだからこそじっくり聞ける話もあるだろうと、昨シーズン14年ぶりに関東大学1部リーグを戦った東海大サッカーのもとを訪れた。
昨季限りで2度の大学日本一を経験している今川正浩監督が退任(2024年度より総監督)し、40歳の浅田忠亮(ただすけ)ヘッドコーチが監督に就任した。実に30年ぶりとなる1部残留を果たし、新たな歴史作りへ意欲に満ちあふれている。そんなチームの「下へ下へと根を伸ばす」ところを見てみたかった。
■「今は体作り、フィジカルメニュー」
神奈川県平塚市の湘南キャンパス。午後、授業を終えた選手たちが集まっていた。浅田監督の号令のもと集合。短い確認事項を共有した後、すぐにトレーニングに入った。
少数ごとにグループとなり、マーカー間を走りながら、基礎的なコントロール、パス、ドリブルを混ぜたメニューを繰り返す。グラウンドには威勢のいい声が響く。明るくチーム全体を盛り上げるようとする雰囲気が充満した。
額ににじむ汗。地味だが肉体に負荷をかけてのボールメニューは、寒風にも負けずグラウンドの気温を上げているかのようだった。
「今は体作り。フィジカルメニューが多いです」
浅田監督は飽きさせないよう、練習には常にボールを触れるようさまざまな工夫を凝らしている。輝く部員たちの表情がその成果を証明していた。
「東海の良さは細かいところに執着して全力でやること。毎日のトレーニングから120%でやる。僕のメニューは走った後に頭を使うトレーニングが多い。日常生活でイレギュラーなことが起きた場合、正しい判断、正しい言葉遣い、行動が取れるように。あえてカオスをつくります」
最後のゲーム形式のトレーニングまで含め、2時間弱の練習が終わった。
■全員が手を抜かず90分走り切る
浅田監督は東海大から同大学院へと進学。卒業後、大学での非常勤講師を経て神奈川県内の高校教員となった。JFA公認A級ライセンスを保持。高校サッカーの監督として成果を出していた中、「強い東海大を復活させる」という強い使命に燃えた。2年前に職を辞し、母校に特任講師として戻ってきた。
昨年の関東大学1部を制した筑波大や、冬の全日本大学選手権を制した明治大に比べ、タレント性では劣る。だからこそ、全員が手を抜かず、90分間全力を出し切れるチーム作りが求められる。
昨季関東1部リーグは12チーム中8位。2年目となる今年はステップアップが合言葉。上位進出さえも、もくろんでいる。
「東海の選手は真面目。攻撃は縦パスをしっかりつないでいく。自陣で動かすより、速くゴールへ進んでいくのがコンセプト。その上で精度、質を上げないと1部では難しい。昨年でベースができたので、より大きなものにしたい」
育ち盛りの3児を持つ父だが、自宅に帰らず週2~3回は学生寮に泊まっているという。
「部の荷物が入っている部屋の奥にベッドがあって、そこで寝ています。寒くないですよ、エアコンもあるし」と笑う。何よりうれしいのが、選手たちとのたわいのないコミュニケーションだ。
「年齢的には20歳くらい離れているけど、いいアニキ分なのか、お父さんなのか。学生たちが、もっと良くなるにはどうすればいいですか? なんて話に来てくれるんです。80年という長い人生において限られた4年間という時間。サッカーをやれている喜びを味わわせてあげたい。不完全燃焼で終わらせたくないし、やり切ったという思いを持たせて次に向かわせたいんです」
そんな監督の思いを、部員たちもとみに感じている。
■共同生活で分泌される脳内物質
新主将となったDF吾妻駈(かける、3年=千葉・習志野)は「浅田さんは選手とよくコミュニケーションを取ってくれ、部員たちの意見も聞いてくれます。昨年やってみて1部のプレッシャー、プレー強度の高さを感じた。基準を上げていくのが大事だし、今は日々の練習からそこで戦える強度を作っています」。
また、得点源として期待されるエースFW桑山侃士(かんじ、3年=東京・東海大高輪台)は「浅田さんは熱いです。チームの雰囲気がよくなる。ミーティングではビデオを使ってやることが多くて分かりやすい。映像を見て、こうした方がいい。反省点など見られて、それが成長につながっている」と言う。
同じ釜の飯を食う-。「苦楽をともにする」という意味だが、部員たちは寮で共同生活を送り、その中での成長を実感しているという。
「自分で考えて行動できるようになったのが一番。体づくりだったり、足らないところを考えて練習できるのはいい」とは桑山の言葉だ。吾妻も「寮生活でいろんな話ができるのがいい。一緒に温かい風呂に入って、飯食って、同じ部屋で話して、ゲームして。楽しいですよ」。
科学的にも、この「同じ釜の飯を食うと絆が深まる」は実証されている。3大幸せホルモンの1つ「オキシトシン」が脳内から分泌される。これは愛情や人とのつながりを感じることで、ストレス状態を軽減させ、不安や心配を緩和させる効果があるのだという。
深い絆は言うまでもなく連帯感を強め、強敵に向かう上での大事なポイントとなってくる。
■丸山ら好選手揃い高まる強化気運
チームにはJクラブが注目する桑山の他にも、高校3冠に輝いたDF丸山大和(2年=青森山田)、DF桑子流空(2年=群馬・前橋育英)、MF堤陽輝(2年=東海大福岡)のU-20関東選抜トリオ、昨年の日本高校選抜に選ばれたMF松橋啓太(1年=京都・東山)ら好選手がそろう。
また、この冬の全国高校選手権で優勝した青森山田から大会得点王に輝いたFW米谷壮史、GK鈴木将永ら有力選手が入学予定とあって、強化機運は高まっている。
「東海はもっと強くなる。そう信じてやっていきます。ここ何年かで必ずタイトルを取らなければいけない」
そう誓う指揮官の言葉は、自然と熱を帯びた。
1月は冬至を境に太陽が日に日に力を取り戻し、日照時間が伸びていく時期で運気も上がるとされている。冬が終わり、春が来ることを意味する「一陽来復(いちようらいふく)」。ポジティブな思いを持って活動すれば脳内も活性化し、その目標はより現実的なものになってくる。
何も咲かない冬の日は、下へ下へと根を伸ばせ、やがて大きな花が開く-。
希望の言葉として、鍛錬期の学生アスリートたちに贈りたい。【佐藤隆志】