女子FIFAワールドカップ(W杯)オーストラリア・ニュージーランド大会(7月20日~8月20日)に出場する日本代表なでしこジャパンのメンバー23人が13日、発表された。12年前の11年ドイツ大会決勝で奇跡の同点ゴールを決めたのが澤穂希さん(44)。全カテゴリーを通じて日本初のW杯優勝に導いたレジェンドがこのほど、日刊スポーツの取材に応じ、当時の思い出や現在のなでしこジャパンに期待することを語った。【聞き手・千葉修宏】

-昨日のことのように思い出す11年の世界一。あの時はどのようなチームだったのでしょうか?

「何回振り返っても個性的な選手の集まりでした。その中で良いケミストリー(調和)とか、いろんなものが重なった感じです」

-大会前に優勝は想像できましたか?

「良いチームとは思ってました。宮間(あや)に後から聞いたら、私は「このチームなら優勝できる。今しかないよ」って言っていたみたいです。試合を重ねる中でチームとしての一体感がすごいなと感じてました」

-決勝戦の前はどのような雰囲気だったのでしょうか?

「めちゃくちゃ楽しみでした。緊張もありましたけど、グラウンドに出る前の整列の時からみんな笑顔で、もうワクワクしかありませんでした」

-そしてあの歴史的な右足アウトサイドでの同点ゴールが生まれました

「選手生活で最初で最後の“ゾーン”に入りました。本当にボールがスローに見えました。私自身のゴールですけど、いろんな人の思いが詰まったゴールだったと思います」

-東日本大震災で傷ついた日本に力を与えました

「たくさんの方から『みんなで力を合わせて前を向いていく勇気をもらった』というお言葉をいただきました。何か見えないものが私たちにすごい力をくれたんだなというのは感じました」

-あの優勝から12年の月日が流れました。今のなでしこジャパンをどう見ていますか?

「(11年と)比べることはできないし、してはいけないと思います。だけど、最後まで諦めない気持ちとか、本当に戦うというところをもっと見たいというのはすごくあります」

-今の選手たちは技術的には11年に勝るとも劣りません

「どちらかと言えば、今の皆さんの方が上手だと思います。でも最後の「気持ち」の部分は絶対にあります。11年はみんないろんな思いを持っていたと思うし、日の丸を背負う重みも感じていました。(米国戦の)同点ゴールもあの1球しかないという思いが強かったから結果が残せたと思います。そういう熱い部分をもっと見たいです」

-時代の流れでハングリーさが失われています

「私たちは飛行機もビジネス(クラス)なんて乗ったことなかったし、お客さんも、給料も少なかったです。でも純粋にサッカーが好きでうまくなりたかったんです。メッシだって幼少期は貧しくて、家族のために稼がなきゃとか。そういう気持ちの面は違うのかなと思います」

-一方で今の選手たちはどんどん澤さんのように海外で経験を積んでいる

「海外の選手たちと練習すると独特の間合いとか、日本では味わえないスピードとか高さがあります。日ごろからそういう相手と戦えるのはすごいメリットです。海外で経験したことを日本のチームに還元できるのは良いことだと思います」

-そしてW杯に向けたメンバーも決まりました。大事になってくることは?

「自分が何回か大会に出て大事だと思うことは、とにかく今までやってきたことを出すだけ出して、楽しむ気持ちです。あとはコンディションと、オンとオフの切り替え。サッカーから離れた時の過ごし方もすごく大事です」

-誰がチームの中心でしょうか?

「私は(熊谷)紗希だと思います。精神的な部分も含めて紗希の経験値は誰にも替えられません。ヨーロッパでもまれて、11年も若手として参加して、誰よりもチームを見てきています。11年の時は宮間が大活躍して私も点を取りましたけど、真の中心は阪口(夢穂)だったんです。彼女がいなければ私は生かされなかったし、なでしこのパスサッカーもできませんでした」

-W杯で期待する部分は?

「今後のWEリーグや女子サッカーのことを考えると結果が全てなんですけど、簡単なことではありません。だけど池田ジャパンの色を十分に発揮できたらいいなと思うし、また新たな歴史を刻んでほしいと思います」