森保ジャパンの新10番はMF堂安律(24=フライブルク)に決まった。昨年のW杯カタール大会では南野拓実がつけ、3月の活動では空き番号となっていた。かつて中村俊輔や香川真司ら各世代の象徴となる選手たちによって受け継がれてきた日本のエースナンバー。15日の国際親善試合エルサルバドル戦(豊田ス)は、ゴールで10番にふさわしい選手だと証明する。      ◇   ◇

新たな顔となった堂安が、目指す姿を明確に語った。「勝たせる選手が10番。それは全世界、共通して認識されている」。アルゼンチン代表FWメッシ、ブラジル代表FWネイマール…。背番号への価値観が移りゆく中でも、10番の存在感は不変。「そこに1歩でも近づけるようにしたい」。そう言葉に力を込めた。

躍進したW杯カタール大会では、1次リーグで優勝候補だったドイツとスペインからそれぞれゴール。突破がかかったスペイン戦では、世界屈指のGKウナイ・シモンが弾いても防ぎきれない強烈ミドルで殊勲の男になった。「W杯で活躍して、認められる10番になりたいと思っていた。責任感を持ってプレーしたい」。3年後のW杯でエースとしてピッチに立つ期待を一身に背負う。

苦境もあった。19-20年シーズンを過ごしたオランダ1部PSVではスタメンを外れる時間も多かった。ただ「常に新しいプレッシャーがあるサッカー人生なんです。居心地がよくなったところで新しい壁がふりかかってきて、幸せなキャリア」と、強靱(きょうじん)なメンタルで乗り越えてきた。だからこそ、エースナンバーも「プレッシャーに打ち勝つメンタルが自分にはある」と、力に変えることを誓った。

26年W杯への再出発となった3月の2試合は1分け1敗だった。「日本代表は勝利でこそ評価を得られる。内容はあとからでもいい。結果を示したい」。W杯で輝いた世界標準の左足で、自らゴールネットを揺らしてみせる。【岡崎悠利】

◆日本代表10番 初めてW杯に出場した98年フランス大会では名波浩がつけ、02年日韓大会では中山雅史。その後は中村俊輔と香川真司がそれぞれ2大会ずつ着用。18年に森保ジャパンが発足した際は中島翔哉に受け継がれたが、20年から南野拓実に変更され、W杯カタール大会でもつけた。