日本フットボールリーグ(JFL)の鈴鹿ポイントゲッターズによる「八百長未遂」は、今日26日に1つの結論が出る。Jリーグが理事会を開き、停止中のJリーグ準加盟に相当する「百年構想クラブ」資格の扱いを再検討する。その処分次第ではJ3昇格への道を絶たれる。

【JFL鈴鹿八百長未遂】藤田俊哉氏 金銭からむ欧州的な「八百長」迫っている 関係者に警鐘>>

処分対象となったのは20年11月29日のソニー仙台戦で、クラブ幹部による意図的な敗退行為の指示があった。国内サッカー界では前代未聞の事件はなぜ起きたのか? この出来事が示すものとは? サッカー元日本代表で海外事情にも詳しい藤田俊哉氏(50)、元柔道選手で日本オリンピック委員会(JOC)理事も務めた筑波大の山口香教授(57)に聞いた。【取材・構成=阿部健吾】

     ◇     ◇     ◇

山口香氏/筑波大

近年のスポーツ界では「インテグリティ(integrity)」という言葉がよく聞かれます。今回のJFA規律委員会の公表資料でも登場し、意味として「スポーツがさまざまな脅威により欠けることなく、価値ある高潔な状態にあること」とされています。日本語に最適な訳が難しい言葉があります。日本人にはニュアンスが捉えにくいゆえですが、この横文字も当てはまりますね。

欧米的な絶対的な規範としての「インテグリティ」よりも、日本では各場面、状況によって、当該行為が何に背いているかを考えた方が分かりやすい。現代スポーツにはさまざまなステークホルダーがいますが、この場合に背きそうになったのは、観客の期待に対してではないでしょうか。

プロスポーツは観客がいて成り立ちます。全力でプレーすることは、お金を払って見に来ている人との約束ですね。体を鍛えて技術を磨き、見るに値するプレーの準備をする。それが崩れると自らを否定することになります。「状況次第で力を抜くので、了解して見にきて下さい」では成り立たない。

具体的に「何のためにその行為をしてはいけないのか」から理論が整備される必要があります。何がインテグリティ的にいけないのかは、その時々で変わりうると考えた方がいい。

今回も、チーム経営を考えれば是という意見が出るかも知れません。であれば、プロとしての在り方と経営の優先について議論すればいい。プロの果たすべき責任が担保される了解、リーグのしつらえをきちんとやれば、それをリーグとして容認して進んでいくしかない。

そこで重要な1つには、過信はあるという前提です。日本人には自分たちはフェアだとする価値観が強い。私は、差別や多様性などの問題で「差別をしてません」という人ほど危ういと思っています。常に「しているかもしれない」という気持ちを持ち、そうならないようにしていくことが大事です。

甲子園で松井秀喜選手が5打席連続の敬遠をされたことがありました。あの戦術はインテグリティに照らしてどうか。輸入物の言葉では答えが出にくく、説明が付かないことは多くあります。それを具体的事例として、理解に向けた議論の糧にしていくことです。

最後に。今回は監督、選手の反発で、指示は実行されませんでした。日本のスポーツ界では、上の人が言ったことが絶対という、まさに規範的なしきたりが長く続いてきました。

鈴鹿では違いました。立場が上の人に言われてもしっかり意思表示できるようになっていることはすごく大事で、必ずしも負の側面だけの出来事ではなかったと思います。監督、選手は全力でプレーすることがプロとして最優先の責務であると考えたのかもしれません。

常々、スポーツは社会を映すかがみだと言っています。善か悪かだけで語れるほど、簡単ではなくなっている現代だからこそ、鈴鹿の一件を考えることは意味を持ちます。

◆山口香(やまぐち・かおり)1964年(昭39)東京都生まれ。小学1年から柔道を始め、84年世界選手権では日本女子初の優勝、88年ソウル五輪では銅メダルを獲得。89年に現役引退し、後進を指導。現在、筑波大教授。ほかに東京都教育委員など。21年6月まで日本オリンピック委員会(JOC)理事も務めた。

 

◆敗退指示の背景 16チームが参加したJFL20年シーズンは、前半戦はコロナ禍で公式戦が行えず、後半戦15節(第16~第30節)だけが実施された。最終節を残し、J3ライセンスを持たず、昇格も降格もない鈴鹿にとっては「消化試合」だった。 J3ライセンスを保持するテゲバジャーロ宮崎、この時点でJ3昇格が決まる4位以内が確定。ほかにいわきFC、ヴィアティン三重、FC大阪が最終節の結果次第でJ3に昇格できる可能性があった。 鈴鹿も翌シーズン以降のJ3昇格を目指しており、先に複数チームに昇格されるのは望ましくない上、特に同一地区で利害関係がかぶってくるV三重に先行されるのは避けたかった。 ビジネスの世界には「戦わずして勝つ」という言葉があるが、ここで鈴鹿が負けることでソニー仙台、ホンダFCが4位以内をキープすれば、すべて丸く収まるとの結論に至ったようだ。

 

【事件発覚からの経過】

◆21年12月 鈴鹿の元役員がツイッター上でクラブが負け試合の指示などの不正をしたという旨の主張を投稿。クラブは12月12日、不正行為は否定する一方、計7500万円の金銭要求を受けていると明かし、うち2500万円を支払っていたと発表した。

◆22年2月28日 Jリーグは理事会で、鈴鹿のJリーグ百年構想クラブ資格を解除条件付きで停止することを決めた。JFL規律委員会による調査の結果、懲罰の対象となりうる行為を確認。「適切ではないと考えられる金銭のやりとりが存在していたことなど、クラブのガバナンス体制に不備があると判断しうる複数の事情が認められた」。リーグ百年構想クラブ規定第7条第1項第1号に定める「Jリーグの目的に反する行為」と判断した。6月のJ3ライセンス申請期限までに、Jリーグ入会を認め得る状況に改善することが資格停止解除の前提となった。

◆4月5日 日本サッカー協会(JFA)規律委員会は、20年11月29日のソニー仙台戦に向けて、クラブ幹部による意図的な敗退行為の指示があったなどとする調査結果を発表。鈴鹿に対し500万円の罰金、元役員に2年間のサッカー関連の活動禁止などの処分を科した。オーナーは3カ月、社長も1カ月のサッカー関連活動禁止の処分を科した。また、4月26日のJリーグ理事会で停止中のJリーグ百年構想クラブ資格について協議するとした。

 

◆鈴鹿ポイントゲッターズ 2009年(平21)にFC鈴鹿ランポーレとして創設され、20年2月に現クラブ名に。ほぼアマチュア選手で構成され、午前中に仕事、午後から練習。本拠地は、三重交通Gスポーツの杜鈴鹿など。JFLに昇格した19年は12位、20年は5位、21年は4位。21年2月にJリーグ百年構想クラブに認定され、同年9月にJ3ライセンスも交付された。今季から「キング・カズ」こと三浦知良が加入。吉田雅一社長。