サッカー元日本代表で国際Aマッチ歴代3位の通算50得点、同5位の119試合出場を誇るFW岡崎慎司(37=シントトロイデン)が26日、今季限りでの現役引退を発表した。

「一生ダイビングヘッド」を座右の銘に、W杯には10年南アフリカから3大会に出場。イングランド・レスター時代の15-16年シーズンには、世界最高峰プレミアリーグで「奇跡」と称された初優勝に貢献した。近年は膝痛に悩まされ「気付いたら体がボロボロ」で決断。会見はシーズン終了後に行う。

ドイツ、英国、スペインを渡り歩いたサムライがスパイクを脱ぐ。プロ20年目に覚悟を決めた岡崎は「今季限りで引退することを決めました。応援してくれる人に正直でいたくて、早くに発表させてもらいました」と報告。シントトロイデンと1年の契約延長をした昨夏以降、膝痛で復帰と離脱を繰り返し、ベルギー1部の出場試合数は昨季の30から5まで激減していた。

「今まで全力を尽くしてきたけど、気付いたら体がボロボロで、そして自然と自分に限界を感じました」

満身創痍(そうい)に至るまで、はい上がってきた雑草だった。高校時代は練習着に「ダイビングヘッド」と書き、土のグラウンドで血を流しても頭から飛び込んだ。清水で「序列8番手」から3年連続2桁得点に飛躍。「鈍足バンザイ!」の自伝通り、能力は並だったかもしれないが、献身的で明るくて「岡ちゃん」の愛称で親しまれて。チームの一員になると輝いた。

代表では09年に16試合15得点で「世界得点王」に。ブンデスで15点、プレミアで当時の日本人最多6点、スペイン2部で12点を稼いだ。16年には「奇跡」のプレミア制覇。代表でも本田圭佑、香川真司とのBIG3で一時代を築き、W杯は10年南アフリカ、14年ブラジルで2大会連続ゴール。18年ロシア大会では同期本田の3大会連弾を“アシスト”した。

活躍を支えたのは、代名詞の頭だった。南アに導いた09年W杯アジア最終予選ウズベキスタン戦の決勝ヘッドをはじめ、代表50点の34%を占める17点が頭。本田の16・2%、香川の6・5%を大きく上回る。泥くさく、最多75得点の釜本邦茂と55発のカズ(三浦知良)に次ぐ存在に上り詰めた。

22年に「40歳で理想の選手になる」と掲げ、古巣や地元など国内復帰も期待されたが、欧州にこだわり、ベルギーに魂を置いた。「このクラブで引退を決意したことは運命」とし、シーズン後の会見を約束した上で「最後まで復帰を目指しながらチームに貢献できるよう頑張ります」。将来は欧州で指導者になる夢は持ちつつ、愚直に走り、頭から突っ込む日々が、もう少し残っている。【木下淳】

◆岡崎慎司(おかざき・しんじ)1986年(昭61)4月16日、兵庫・宝塚市生まれ。滝川二高2年時に全国選手権4強。05年に入った清水でJ1通算121試合42得点。北京五輪後の08年10月9日UAE戦でA代表デビュー。ブンデスリーガのシュツットガルト、マインツを経て15年にレスター移籍。W杯は16強入りした南ア大会のデンマーク戦、ブラジル大会のコロンビア戦で1得点ずつ。「利き足は頭」で、日本協会も20年にSNSで紹介した(実際は右)。家族は夫人と2男。174センチ、76キロ。血液型O。