【ブダペスト=藤塚大輔】日本記録保持者の泉谷駿介(23=住友電工)が、この種目ではオリンピック(五輪)も含めて日本勢初の決勝に進み、13秒19で5位だった。

号砲が鳴った直後はアクシデントに見舞われた。「スタートした瞬間、両足つっちゃって。結構焦って、しかも腰ナンバーが手についちゃって」と告白。まさかの状況にも「もういろいろ散々だったんですけど、その中でも気合で走りました」と駆け抜けた。

「楽しいレース。楽しい気持ちでいっぱい。緊張感はなくいつも通りの感じでできた」と喜びを感じつつ、「自分の走りをするのに精いっぱいだった」と受け止めた。

21年東京五輪と22年世界選手権(米オレゴン州)は準決勝で敗退したが、3度目の挑戦でついに世界舞台のファイナルに進出。13秒16で堂々の1組1着で、日本勢の1着は1928年アムステルダム五輪の三木義雄の予選以来95年ぶりとなった。

6月4日の日本選手権では日本新となる13秒04を記録。同30日には、世界最高峰シリーズのダイヤモンドリーグ(DL)ローザンヌ大会で初出場優勝を収めた。日本男子初だった。

今季は世界大会の表彰台ラインとなる13秒0台を3度もマーク。自身も「ダイヤモンドリーグの結果から自信はついている。決勝は安全圏内でいける」と成長を実感していた。

課題としていた後半の失速を抑えるため、スタートの精度と動きの再現性を高めてきた。準決勝のリアクションタイムも0秒129は全選手でトップだった。昨季までは、号砲から1台目までの間に「がっついていた」が、今は落ち着いた走り出しも重視する。あえて序盤に執着しないことで、後半でもスピードを維持できるようになった。

さらに、どのハードルも最もスムーズに跳べる約2メートル20センチ手前から踏み切ることができるよう、練習でマーカーを設置。フォームの安定につなげた。その成果もあり、DLでは出場した2試合とも、最終10台目以降のタイムで出場選手中トップ。「減速することなく勢いのままいけている」と手応えをつかんだ。

13秒33(追い風0・5メートル)で今大会の予選を突破した後には「決勝に進出して、メダルを狙えるようだったら狙いたい」と静かに闘志を燃やしていた。その言葉を実現させ、メダルまでは僅差。レースを終えると、トラックで歓喜に沸く優勝者を眺めていた。

「優勝した人がすごく盛り上がっていたので、すごいな、来年はあそこに立ちたいなって思いながら見ていました」。

快挙のさらに先へ。パリで届く位置まできた。

◆泉谷駿介(いずみや・しゅんすけ)2000年(平12)1月26日、神奈川県生まれ。横浜緑が丘中、武相高を経て18年に順大へ進学。22年に住友電工へ入社した。前年21年の日本選手権で日本人初の13秒0台(13秒06)を記録して東京五輪代表入り。同種目で日本勢57年ぶりとなる準決勝進出を果たした。22年世界選手権は準決勝敗退。同年秋の全日本実業団対抗選手権では走り幅跳びに出て8メートルをマークし、優勝した。23年日本選手権で13秒04の日本新記録を樹立。好物はコーヒー。175センチ、69キロ。