横浜スタジアムは、DeNAがプロ野球球団を買収した12年以降、観客動員を毎年伸ばしてきた。だが、20年は新型コロナウイルスの感染拡大により無観客や入場制限を余儀なくされ、初めて前年比約21%まで減少した。これまでに念願だった約5000席を増席し、東京五輪の開催誘致にもつながった。順風満帆だった時に遭遇したコロナ禍は逆境か。球場経営の経緯と変化に迫る。

横浜スタジアムの全景
横浜スタジアムの全景

ニワトリが先か卵が先かというような話

DeNAは15年に横浜スタジアムの運営会社をTOB(株式公開買い付け)で買収を始めた。五輪会場に決まったのは16年。17年には約5000席の増席を横浜市に提案した。この3つの出来事はリンクしている。DeNA球団の木村洋太社長(38)は「ある種、ニワトリが先か卵が先かというような話でした」と言った。そして「スタジアムの増築、改修はTOBをした際に株主さんから株を買い取る時の約束の1つに入れていた」と明かした。

横浜スタジアムは横浜市の所有物だが、1978年から2023年まで45年間の使用契約を運営会社が結んでいた。「仮にグループ会社となったら使用契約の更新をお願いするし、もっとベイスターズが長く使う球場にしますという約束で始めた」。契約が切れる23年までの改築を目指していた。

笑顔で展望を語るDeNA木村社長
笑顔で展望を語るDeNA木村社長

横浜市の五輪誘致で早まった改築ペース

16年になり横浜市が野球の会場として五輪誘致を始めた。「時間軸として降って湧いたのがオリンピックだった」。球団と球場が一体経営となる際に、市とスタジアムは担当者同士が密接にやりとりを始めていた。ただし、球場は老朽化し、2万8000人程度と収容人数が低く、VIP席も少ない。「(横浜市は)五輪を盛り上げる。こっちもお金をかけていい球場にする。世界中の方々を呼んでも恥ずかしくない球場にするから、この改修を認めて下さいと。お互いにとって渡りに船だった」。ニーズが一致した。改築ペースが早まった。

2017年に改修・増築工事が始まった横浜スタジアム
2017年に改修・増築工事が始まった横浜スタジアム

横浜スタジアムは元々、都市公園法、建ぺい率の関係で増築が難しいと思われていた。だが、都市公園法が改正され、条例で建ぺい率が緩和できると判明した。「この部分から先は地方自治体の判断だよという領域があった。とはいえ一民間のためにするものではない。ルールを変えるだけの理由に五輪もあったので成り立った」。既に建ぺい率の考え方が78年と変わっていた。17年5月の市議会の資料によると、横浜公園の建ぺい率は78年当時は現在の算定方法で約28%。今回は約37%まで増築できた。

DeNAが球団を買収した当時、本拠地を移転するのではという疑念がうずまいていた。だが、年々上向く観客動員。「地域がにぎわっているという実績があったからだと思う。2012年に(球団買収でプロ野球界に)入ってきた時に、このことを言っていたら門前払いだったと思う」と木村社長。市議会や行政の協力を得ることで増築許可が、異例のスピードで出た背景となった。

球場は20年、両翼、バックネット裏に約5000席、スタンドの増設を終えた。バックネット裏にはVIP席もできた。増設に約85億円、人工芝の張り替えなどを合わせ「整備費を考えると約100億円」の費用がかかった。DeNAグループが2062年まで運営と管理をするが、すぐに増設部分を横浜市に寄付した。横浜公園は国有地。市への寄付が前提にないと、民間の企業が建物をつくれない。また、入場料の一部を球団から横浜スタジアムに支払い、その一部が横浜市に支払われる。木村社長は「入場料の一部が横浜市に税収として入るので、ウイン-ウインとなっている」という。

30代の男性をターゲットに様々な施策

ここまでの経緯は、観客増が好循環を生んでいる。球団買収の前年の11年シーズンは座席稼働率は50・4%だった。12年から毎年増加し、19年は98・9%になっていた。大きな理由が、マーケティングだ。12年からデータ収集を開始。13年からアンケートやインタビューの分析を始めた。新たに観戦者となった層が友人や同僚に「誘われてきた」と答えていた。「誘った」層は「30代の男性」、「バーベキューやフェス、スポーツ観戦といったアクティビティが好きな人たち」という属性が明らかに。これらを「アクティブサラリーマン」と定義し、ターゲットに据えた。球場周辺でのビアガーデン開催などの施策を打った。

「女性を呼べば男性も付随する」という定説には依拠しなかった。木村社長は「それは多分、一定の業界では正しいと思う。ただ、横浜の野球ビジネスでは正しくなかった」。

地域的な分析で、先入観が誤りだと発見した。「何となく固定観念で、距離が等しければベイスターズとの接点は一緒のはずと考えていた」(木村社長)。来場者は横浜スタジアムから同心円状に分布していると思いきや、曜日によって大きく異なっていた。同距離でも平日は球場より南側の観客が多かった。北側の横浜市民は平日、東京に通勤している人が多かった。一方、南側の市民は横浜・関内を含む勤務地、生活エリアが多かった。休日に観客が埋まってきたタイミングで、南側エリアの駅に平日向けの広告を打った。

今後に生きる逆境での“経験”

木村社長は「コロナ後の状況にも“経験”は生きると思う」と言う。リモートワークの浸透によって、居住地や勤務動向も変化する可能性がある。これまで球場への集客に経営資源を集中させていたが、コロナ禍が続けば、収益構造を変える必要に迫られる。地域分析の経験と同様に、固定観念から脱却していく。

これまでの主な球団収益構造は(1)入場料(2)グッズ、飲食など球場内収入(3)放映権(4)スポンサー収入だった。一昨年まで(1)と(2)で「6割、7割ぐらい。去年はガツンと減った。スポンサーと放映権はほぼキープで(1)と(2)が3割ぐらいまで落ち込んだ。だからバランスが逆転した」と木村社長は説明する。昨年は観客動員が228万人から47万人と前年比約79%減となった。16年から4年間続いていた黒字が、赤字となった。

観客席がどの程度埋まれば黒字化できるのか。「5割なら赤字という試算。分岐点に厳密な数字は持っていないが、ちょっと余裕を置いた黒字には8割以上が必要となる見込み」。15年は座席稼働率が89・9%でも赤字だった。当時よりスポンサー収入などが増えたことで、態勢は異なっている。

今季も依然、入場者数の制限が続いている。電子商取引(EC)での物販や球場外の飲食店、オンラインイベントなどに注力する。アバターを利用したバーチャル観戦の「バーチャルハマスタ」などを無料で開催してきたが、有料化すればいいというものでもないという。「無料だったら来ます、有料だったら来ません、というレベルの定着だったら、無料にしておいてスポンサーさんにCMを打ってもらってなどの方法もある。今のスポンサーさんも来場があるからお金を払ってくれるという側面もあると思う。来場がないと、リアルのスポンサーさんが離れるかもしれない。人が集まるところにお金が集まるのは、現実でもバーチャルでも同じ」。まずはSNSを含め、観客との接点を増やすことに注力する。

ライブイベントなど野球界以外からも情報収集

ウイズコロナ、アフターコロナへ向け、アイデアは野球界以外からも情報収集する。DeNAはアミューズメントパークやプロレス、ライブなどイベントなどの視察や事例収集を積極的に行っている。BABYMETALのライブでは出演者がマスクをつけて登場し、ファンとの一体感を演出したケースを、コロナ対策のマスク着用をエンターテインメントに転換した事例として学んだ。大相撲の分散退場やディズニーシーのスポンサー掲出も参考になったという。

横浜スタジアムの全景
横浜スタジアムの全景

また「みんなで集まりたいけど、知り合い以外と集まるのが怖い、という社会になるかもしれない」(木村社長)と、隣接する市庁舎街区を使ったカラオケボックスのようなバーチャル観戦などもアイデアとして浮かぶ。「コミュニティーボールパーク」化構想は軸として置きながら、発想は柔軟に。「世間がどう動いて、各企業がどういうアプローチをするのか。野球に閉じた視点ではなく、ウオッチしていかないと。スポーツ界では先手を打っていきたい」。五輪会場の誘致にまでつながった、絶対的な「是」だった球場への単純な集客から、コロナを見据えた新たな時代への対応を進める。【斎藤直樹】

横浜スタジアムの外観
横浜スタジアムの外観