6月11日に埼玉県草加市で開催されたボクシングのイベントで、70年前に日本人で初めて世界王者になった白井義男さんの「秘蔵映像」が上映された。

王者ダド・マリノ(米国)から世界王座を奪取した、1952年(昭27)5月19日の世界フライ級タイトルマッチのドキュメント映像で、試合ハイライトに加えて、両選手のパレードや会場の後楽園球場の様子も収められていた。

まだテレビのない時代。試合はラジオ中継だったが、産経映画社が映像フィルムを保管していた。収録時間は約20分。試合前のパレードは都心の道路が人で埋め尽くされ、ビルの窓からも大勢の人が手を振り、紙吹雪が舞っていた。後楽園球場には4万人超の大観衆が詰め掛けた。映像から国民の注目と期待の大きさが伝わってきた。

発見がもう1つ。白井さんのボクシングである。

卓越した防御技術とフットワークで、王者の強打を空転させ続けた。スピードとパンチの切れは終盤も衰えなかった。米国人トレーナーのカーン博士から伝授された科学的ボクシングのレベルの高さに感心した。ボクシング史に詳しい観戦・取材歴60年超の津江章二氏(共同通信社)も試合映像を見て「今でも通用する」と太鼓判を押していた。

たまたま同日、世界バンタム級3団体統一王者の井上尚弥が、階級の違いを考慮せずに、誰が最強ボクサーかを比較するパウンド・フォー・パウンド(PFP)の1位に選出された。米国の老舗ボクシング専門紙「ザ・リング」が発表した。

7日に5階級制覇王者でもあるWBC王者ノニト・ドネアとの統一戦に2回TKO勝ちした実績が評価された。最近は「日本人歴代最強」の声も大きくなっている。

その歴代最強の議論で常に井上と比較されるのが、フライ、バンタム級の世界2階級制覇のファイティング原田さん。

「黄金のバンタム」の異名を取った無敗の世界バンタム級王者エデル・ジョフレ(ブラジル)を撃破し、3階級制覇を目指して挑んだ世界フェザー級王者ジョニー・ファメション(オーストラリア)には露骨な地元判定で敗れたものの、3度ダウンを奪うなど内容で圧倒した。スーパーフライ級やスーパーバンタム級のない時代。その実績は「今の5階級制覇に匹敵する」という声もある。

歴代王者の直接対決は不可能なので、実績や、時代の突出度を比較するしかない。その意味では白井さんも、井上や原田さんと比べても遜色ない。

51年のノンタイトル戦で世界王者マリノを7回KOで仕留めて、日本人には夢物語だった世界王座挑戦を実現させて、見事に頂点に立った。当時はフライ級からヘビー級まで全8階級で世界王者は各階級1人だけ。そんな時代に4度防衛に成功した。

70年前を知っている人がいなくなったことや、試合映像がほとんど残っていないこともあり、近年は白井さんを歴代最強に推す声はなかったが、今回の試合映像を見る限り、実績に加えて、ボクシング自体のレベルも非常に高いことが分かった。もっと高く評価されてもいい。

PFPの概念は、1940~60年代に圧倒的な強さでウエルター、ミドル級の頂点に君臨したシュガー・レイ・ロビンソン(米国)を評価する称号として「ザ・リング」が50年代につくりだしたもの。

実は白井さんの世界王者時代の世界ミドル級王者がロビンソン。今から30年ほど前、カーン博士から伝授された科学的ボクシングについて白井さんに取材した時、「実はラビンソン(ロビンソン)のスタイルを参考にしていたんですよ」と語っていたのを思い出した。【首藤正徳】

アルビン・カーン博士(右)の科学トレーニングを受ける白井義男(50年5月19日撮影)
アルビン・カーン博士(右)の科学トレーニングを受ける白井義男(50年5月19日撮影)