IOCバッハ会長の発言が、東京五輪への「逆風」になっている。東京都などに発出された緊急事態宣言を「大会とは無関係」と発言。さらに「これまで逆境を乗り越えてきた日本人なら、厳しい状況も乗り越えられる」という精神論までぶち上げた。3度目の緊急事態宣言下にある日本国民の怒りも無理はない。

ただ、誤解を恐れずに言うなら「感染状況と五輪開催は別」というのが、IOCや組織委委員会の本音でもある。正確に言えば、感染状況にかかわらず安全な大会を開催する準備を進めている。「感染拡大したので開催できません」とならないようにするのが、組織委のミッションでもある。

4月28日には、参加する選手らの行動ルールを定めた「プレーブック」第2版が公表された。徹底した検査が義務付けられ、選手村と会場など定められた範囲以外には出ることもできない。この1年、多くのスポーツイベントで行われてきた「バブル方式」、東京大会も選手や関係者をクリーンな泡(バブル)の中だけで行動することになる。

開催地や都市、国など市中から「隔離」し、ウイルスのない環境で大会を行えば、選手への感染リスクは抑えられる。選手や関係者のいる「バブル」を完全に隔離できれば(東京でやる意味があるのかという考えもあるけれど)確かに日本国内の状況がどうあれ、大会開催に影響はない。

もっとも、現実的に完全な形のバブルを作るのは不可能だ。これまで行われた国際大会でも、感染者が続発した例はある。選手数百人規模の単一競技の大会でも難しいのだから、33競技に1万人もの選手が集まる大会にリスクがないとは言い切れない。

ルール違反を犯した選手には資格停止などペナルティーも課される可能性もある。ただ、過去の大会でも必ずと言っていいほど選手の「悪さ」はある。大会側が厳格に対応しても、それを破る選手は出てきそう。さらに、バブル外からの人流も避けられない。完全なバブルを作るのが難しいのだから、やはり外部の感染状況が落ち着いていることは、不可欠な要素になる。

何よりも五輪を迎える国民感情が大切になる。バッハ会長の発言に逆風が吹く中で、看護師500人派遣要請が浮上。ますます東京五輪が「悪者」になっている。4月中旬に共同通信が行った世論調査では「中止すべき」が39・2%、「再延長」が32・8%、「今夏開催」が24・5%。現実的に「再延長」はないが、感染拡大で「中止」を求める声はさらに大きくなっているに違いない。

まずは感染を抑え、多くの人が心に余裕を持てるようになることだ。緊急事態宣言も人流は思うほど抑えられず、深夜まで酒を出す店には客が押し寄せ過密になっている。連休明けに爆発的に感染者が増えるようなら、今月末にかけて重要患者や死亡者も増える。そうなれば、ますます国民の心から五輪が遠ざかる。

IOCや組織委は、開催地の国民に向けての発信をするべきだ。バッハ会長の「無関係」や「精神論」の発言は、世界中のアスリートの安心のため。組織委員会のプレーブックも選手向けだ。いずれ観戦者向けも公表するというが、観客制限の決定も6月にずれ込んで、チケットもペンディング状態。残念ながら国民は置き去りになっている。

「アスリート・ファースト」は、もちろん重要。選手が参加を取りやめる事態だけは避けたい。そのために大会側は「安全」を強調するが、国民感情にも配慮すべき。IOCは開催地選定の際に支持率を重視してきた。開催地の国民が望まない大会が、成功するはずはないからだ。

政府や東京都が本当に五輪をやりたいなら、中途半端な自粛など要請せずに厳しい対応で感染拡大を抑えることだ。今の状況では、心から五輪を楽しむこともできないのだから。「新型コロナに打ち勝った」大会にするには、ワクチン接種の出遅れもあって時間がなさすぎる。世界の状況も厳しい。ならば国民たちの賛同を得て「新型コロナの中でもできる」大会に。IOCも組織委も日本人に向き合う姿勢が必要だ。【荻島弘一】(ニッカンスポーツ・コム/記者コラム「OGGIのOh! Olympic」)